「だろ? ちゃーんとわかってるし、親父も人を見る目は俺以上だ。むしろ、親父のほうが俺よりも嫁として迎えようとしてくるだろうから、押し負けないように気を付けてな」

(そ、それは余計に不安なやつでは!?)

 あわあわと戦慄いている間に、マオさんは引き戸に手をかけ「ただいまー」と開いてしまった。

「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

 深々と頭を下げる、和服姿の女性。声の感じと、上げられた顔から推測するに、七十代前後だろうか。背筋の伸びた凛とした立ち姿が美しく、いまいち年齢が読み取れない。
 マオさんとは少し異なりグレーに近い白髪と、きりっと鮮やかな赤い口紅が印象的だ。

(坊ちゃま……って、マオのことだよね)

 やっぱり彼は"坊っちゃん"らしい。
 口振りからして、マオの母親や祖母というよりは、お手伝いさんのように思える。
 年月を感じさせる洗練された雰囲気にうっかり見惚れていると、

「無事にお連れできたようで、なによりでございます」

「!」

 ばちりと合った視線に、慌てて頭を下げる。

「と、突然お邪魔して申し訳ありません! 私、白菊茉優といいます。手土産もなく恐縮ですが、マオさんとご一緒に事情をご説明させていただければと、厚かましくも連れ立っていただきました次第でして……っ」

「これはこれは、ご丁寧にありがとう存じます。こちらにて長い事仕えております、タキと申します。茉優様にお会いできる日を、それはもう楽しみにしておりました。さ、お上がりくださいませ。大旦那様も今か今かとまあ、うっとおしい……おほん、心待ちにされているようでして」

(いま、うっとおしいって言った)

 その一言でまだ見ぬ大旦那様と、タキさんの力関係がうっすら察せる。
 目を合わせたマオに頷かれ、靴を拭ぎ家に上がる。

「お部屋にご案内いたします」

 先導してくれるタキさんに着いていこうとすると、

「坊ちゃま。坊ちゃまはまず、お着替えを」

「な……このままで構わないだろ」

「とんでもありません。大旦那様に茉優様をご紹介する大事な晴れの日なのですから、きちんと整えてくださいませんと」

「だが……っ、それじゃあ美優がひとりになっちまうだろ」

「坊ちゃま」