(ホントにきちゃった……)

 マオに促されるまま車を降りた私は、実はとんでもないことを引き受けてしまったのかもと、若干の後悔を抱えながら周囲を見渡す。
 もはや家なのではないかと錯覚しそうなほどに大きい車庫を出ると、私の日常の大部分を占めるアスファルトと乱立するビル群とは、まったく異なる景色。

 緑の茂った木々が当然のように立ち並び、空との境界もまた、緑豊かな山々が自然の印影を描いている。
 空が広い。夕陽とはこんなにも、繊細なグラデーションを描くものだっただろうか。

(って、和んでいる場合じゃない……)

「茉優、こっちが玄関だ」

 マオに手を引かれ歩く石畳の左右には、丁寧に手入れが施された庭に、井戸の名残り。
 続く先の扉は重厚感のある引き戸で、格子状の木の隙間からは白色のガラスがのぞいている。

 軒下に置かれた、子供ほどの大きさのタヌキの置物。
 丸い笠を頭後ろにひっかけた姿はよく知るものだけれど、ぽってりとしたお腹はきちんと着物に隠れている。

 右方は台所があるのだろうか。
 白色の壁の上方に木製の面格子。左方はまっすぐに伸びる縁側と、曇りのない大判のガラス窓が。
 開いた本を伏せ置いたかのようななだらかな三角屋根には、鈍色の瓦が整然と並んでいる。
 おそらくは、というか、確実に"豪邸"と呼んで差し支えない邸宅だろう。

(ス、スーツでよかった……!)

 うっかり私服の時に連れ出されていたら、事情説明どころか門前払いだったに違いない。

「あ、あの、マオさん。つかぬことをお伺いするのですが……」

「うん?」

「その、マオさんのお父様、私のことをお金目当てに嘘の前世を語る結婚詐欺師だと待ち構えていたりはしませんか……?」

 こんな豪邸を持つ家のご子息ならば、悪い女に騙されやしないかと警戒しているに違いない。
 ましてや前世だなんて、他者には真偽のわからない話が基準とあっては、丁度いい口実を得た悪女だと考えるのが当然では。
 けれどマオさんは、にかっと笑って、

「なんだ、金を積んだら嫁になってくれるのか? いくらほしい?」

「な!? ちちちち違います!! お金で嫁にはなりません!」