「俺は"マオ"じゃない。だが"マオ"は俺だ。どうしたって切り離せない、この身に生を受けた時からこの胸に巣食っている。わかるか朱角。俺はあやかしであり、怨念なんだよ。だがこの身も心も、俺のモノだ。あやかしである親父のように"賢く"なんてやれない。だからって、怨念などに譲ってやる気など微塵もない」

 茉優が愛おしんだ。
 切なげな響きとは裏腹に、瞳が飢えに彩る。

「苦労をかけるとわかっていても、逃したくはない。他の奴など選ばせたくはない。茉優の唯一になりたいんだ。いや、ならなきゃならない。そのためになら、使える手はなんでも使ってやるさ。茉優を得るのはあやかしでもなければ、怨念でもない。この俺だ」

(まったく、拗らせているな)

 つまるところ、この男を構築する全て要素があの人間を欲しているのだ。
 もはやそこに、明確な境界などないのだろう。

 だからこそ、この渇望は己の欲なのだと。
 言葉にして、脳に刻んで、己の魂に言い聞かせている。

("欲しい"という事実さえあれば、他からは真実などなにひとつ分からないだろうに)

 もっとも、このいっそ憐れなほどの面倒さがあったからこそ、俺はコイツを、後継者として認めたわけだが。

(だが、まだ足りない)

 俺は奥方様が使っていた部屋を見上げる。
 あの人間は、あの部屋で眠っているはずだから。

「感動的な物語だと思うがな。お前が言いにくいのなら、俺が真実を話してやってもいいが?」

「朱角」

 途端、冷えた気配が身を包んだ。
 肌が粟立つ。これは殺気だ。それと、純度の高い上等なあやかしの妖気。

「茉優がせっかく忘れているんだ。わざわざあんな悲惨な話をする気はない。子供云々の話だって、"ねね"と交わした約束だった。"ねね"が得るはずの未来だったんだ。"マオ"ひとりの作り話じゃない」

 今にも射んとする赤い目が、嫌にゆるりと細まる。

「いくら朱角とはいえ、俺の邪魔をするのなら容赦はしないからな」

(ああ、これだ)

 ぞくりと背を這う畏怖に、俺は密かに口角を吊り上げる。
 低級のあやかしならば、卒倒ものの妖気。俺はずっとこれを待っていた。

 俺の"主人"になるのなら、かしづくに相応しい"あやかし"でなくては困る。
 大旦那様のように。