「俺からすれば結果は同じだ。この調子だと、いずれもっと大きな厄介事を引きこんでくるのが目に見える。本人だけは何も知らず大事に守られ、呑気に夢の中か。お気楽なものだな」

「朱角」

 低い、咎める声に言葉を切る。
 俺を見据えるのは赤い瞳。うっすらと光を帯びているのは、興奮しているからだ。
 腹を立てているのだろう。

(本当に、あの人間を愛しているんだな)

 だからこそ。
 俺はその目を、侮蔑を込めて見返す。

「大切だとのたまうくせに、よくもまあこんなにも非道な真似が出来るな。あやかしと人間の婚姻がどれほどの苦悩を伴うか、お前だって忘れたわけではないだろう」

 揶揄したのはかつてここの主だった、大旦那様の奥方様。
 あやかしの存在が希薄になってしまった現代において、その存在を認知し受けいれる人間というのは、それだけで希少価値が高い。

 つまるところ、狙われやすくなるのだ。
 特に女は。

 だからこの離れが作られた。
 元々病気がちだったこともあり、少しでも静かで穏やかな日々を一緒に過ごすためにと大旦那様は言っていた。

 俺達も言葉を尽くし、態度でも示していた。
 これは俺達あやかしの問題で、奥方様がここにいてくれるのは、俺達にとっての幸福なのだと。

 けれども奥方様は結局最期まで、"迷惑をかけてしまった"と責任を感じていた。
 幸せそうな笑顔の裏に隠していたのだ。

 寿命も違う、価値観も違う。
 それでも奥方様がこの地にとどまり生涯を終えたのは、大旦那様を愛していたからだ。

 そもそもが、違うのだ。
 奥方様と大旦那様は初めから互いに惹かれ合っていて、それなりの時間をかけて互いを理解し、それでも一緒になりたいと告げたのは奥方様だった。

 大旦那様はちゃんと一線を引いたところで待ち、決定は奥方様に委ねていた。
 愛しているからこそ、欲を押し込んでいたのだろう。奥方様の幸せのために。
 なのに、だ。

「全てを奪って囲い込み、己の容姿を承知したうえで、愛を囁いているのだろう。前世で夫婦だったと、嘘までついて」

「嘘じゃねえ。"マオ"と"ねね"はたしかに夫婦の契りを交わした」

「夜更けに二人で密かに指切りをしただけだろう。おまけにそれっきりで、翌朝には死に別れたというのなら、夫婦と呼べることなど一つもしていないじゃないか」