「黒く長い髪をした、可愛らしい娘でな。黙っていれば儚げな花のようなのに、まあ好奇心の強いお転婆だった。どこでも気味が悪いと言われる俺の容姿にも、興味津々どころの話じゃない。粋な色だと、この世で一等美しいと心から笑んでくれた彼女に、前世の俺は運命を決めたんだ」

 マオという名も、"ねね"からもらったものなんだ。
 マオは窓の外を静かに眺める。

「あの時の俺には名前などなかった。師匠を含め、俺を育ててくれた人たちは、"坊"と呼ぶだけだったからな。それを知ったねねが、名前がなけりゃ呼べもしない。こんなでっかい"坊"がいてたまるかといって、な」

「……ねねさんはどうして、"マオ"と?」

 マオの手が、ぴくりと動いた。
 遠くに投げられていた目が、私を向く。

「俺の髪の白が、ハマユウの花に似ているからと。ハマユウにはハマオモトという別名があるんだ。それで、マオがいいと」

「ハマユウの花……って」

「茉優も知っているはずだ。俺と出会った夢の中で、ヒガンバナに似た白い花が咲いていただろう? あの花がハマユウだ。前世の俺達が暮らした村に咲いていた」

 言葉に、もはや懐かしくもさえ感じるあの夢を鮮明に思い出す。
 でも、だからこそ、混乱してしまう。

「マオさん、あの……ハマユウって、たしか玄影さんが……」

『茉優さんはやはり、ハマユウの似合う人ですね』

 去り際に残された言葉。やはり、ということは、前々からそう考えていたということだ。
 前。……まさか。

「マオさん、もしかして玄影さんも――」

「わからない。だが少なくとも俺の記憶に、奴はいない。妙に花に詳しかったからな、ただの偶然の可能性も高いだろうが……」

 気を付けてくれ、茉優。
 マオは眉間に皺を寄せて緊張を走らせる。

「茉優は俺と共に行動しているから、大丈夫だとは思うんだが……。どうにも引っかかってな。また近々なんて、会うあてのある奴が使う言葉だ。俺達があやかしの血筋を対象にした家政婦派遣サービスをしていると知っているわけだし、偶然を装って接触してくるかもしれない」

 もし、また会ったとして、玄影さんの目的はなんなのだろう。
 今度こそ飼ってくれなんて言われたとしても、丁重にお断りするしかないのだけれど……。

「とまあ、そんなところだな」