明らかにほっと胸をなでおろすマオ。私はためらいに視線を落としてから、重い口を開く。

「……でも、マオさんは、出ていきたくなると思います」

「茉優?」

 クルミっ子を小皿に置く。
 小さなハートの断面に、これが恋の叶うおまじないだったらよかったのに、なんて。

「私は、"ねね"じゃありません」

「……茉優、なにを」

「魂は確かに、ねねさんの生まれ変わりなのかもしれません。ですが今の私は茉優です。ねねとは生活も思考も、そしておそらくは容姿だって違います。同じなのは、魂だけ。それだけなんです」

 膝の上で両手を握り込め、動揺するマオの瞳を見つめる。

「マオさんだって気づいているはずです。なのに魂さえ"ねね"だったなら、他はどうでも良いのですか? マオさんの愛は、前世で交わされた約束のためだけに強要されるものなんですか? もう、いいんです。無理して私の中の"ねね"を探して、愛を捧げなくて。この身体は"ねね"ではなく、私のものです。"ねね"ではないんです。マオさんはもう……解放されて、いいんです」

(ああ、言ってしまった)

 目の奥に湧き上がってくる熱を知られたくなくて、顔を伏せ奥歯を噛みしめる。
 マオはなにも言わない。沈黙の中に、鳥の声だけが遠くに聞こえる。

 それでいい。どうか、このまま逃げてほしい。
 叶うなら微塵の優しさなど残さず、私を憎んで、恨んでほしい。
 これまで捧げてくれた優しさは全て、心の奥底に愛しい思い出として眠らせておくから。

「……ああ、そうだな」

「!」

 肯定する声に、思わず肩が跳ねる。と、

「茉優は"ねね"じゃない。だが、俺だって、前世のままの"マオ"じゃない」

「……え?」

 優しい声色に誘われるようにして顔を上げる。
 と、マオは優しい笑みを浮かべていた。

(どうして、そんな顔を――)

「茉優、先にひとつ確認しておきたいんだが」

「は、はい」

「茉優の"逃がしてあげたいのに、逃がしてあげられない"相手って、もしかして俺のことか?」

「! は……はい。その、"ねね"の魂を持っているからって、マオさんの想い人ではないのに、ずっと黙って甘えてしまっていたので……。本当に、申し訳なく」