「……相談、出来るといいのだけど」

 そもそも夕食云々の前に、彼が離れを出ていってしまえば、それまでだ。
 夕食の献立の前に、打ち明けなければ。私は"ねね"ではないのだと。

 本音をいうのなら、もう暫く黙っていようと思っていた。
 可能なら、マオ自身が気付くまで。

 けれどもあんな、心を裂くようなマオの"覚悟"を聞いてしまったら。
 これ以上、狡いままじゃいられない。

(マオは、後悔してるんだ)

 もっと"ねね"と一緒にいたかったと。二人で手を取り合って、幸せな時を続けたかったと。
 あやかしとして百年以上を生きてまで、探し続けていた愛しい人。

 もう見なくなってしまった、けれども脳裏に焼き付いたあの夢が、嫌というほど教えてくれる。
 彼は次の生を誓うまでに、"ねね"を愛していたのだと。

 だけど私は"ねね"じゃない。
 マオが必死に求め続けた、愛しい人じゃない。

「……くるし」

 重く濁っていく胸に触れる。

(わかってたはずなのに、馬鹿だなあ)

 手放したくない。私を見つめる愛おし気な瞳も、安らげる大きな手も。
 自分がこんなに欲深いのだと、初めて知った。
 知ってしまったからには、手放してあげないと。

「"ねね"になれたら、よかったのに」

 馬鹿らしい、叶わない夢。だってそもそもが違うのだから。
 彼が私に全てを与えてくれるのは、私を通して"ねね"を見ていたから。
 幻想は、いつか崩れる。

「……人は、ある時とつぜんに死ぬ」

 帰ってこれなかった、お父さんとお母さんのように。
 元気だと思っていた、お祖母ちゃんのように。
 そして彼が愛してやまなかった、"ねね"のように。

 私だって例外じゃない。だから言わなければ。
 彼の優しさに甘えたまま死んでしまったなら、マオは、幻想の愛に縛られ続けてしまう。

***

 マオが離れに戻ってきたのは、十六時を過ぎたころだった。

「茉優、いいモン持ってきたぞ。ちょっと遅くなっちまったが、お茶にしないか?」

 にっと笑うマオの手には、縦長の茶色い小箱。白い満月状の穴には、向き合う大小二匹のリスが描かれている。
 ご機嫌なマオと紅茶を淹れて、縁側のテーブルセットへ。
 それぞれ椅子に腰を落とすと、さっそくとマオが小箱を開けた。