「……ありがとう。キミもね」

 扉が閉まる。階段を降りた私たちは、なんとなしに足を止め里香さんの部屋を見上げた。
 これからひとつずつ、拗れた糸を解いていくのだろう。そして、今度は二人で結びなおす。
 もう二度と、互いが離れてしまわないように。

「せっかく教えていただいたのに、ビールの裏わざ、必要なくなっていまいましたね」

 口を開いたのは玄影さんで、私が目を向けると彼は微笑み、

「飲み切れないビールは、元々、彼女が飲んでくれていたそうです」

「……そうだったんですね」

 なるほど、だから。
 里香さんはあのビールを残しては、捨てられないままシンクに置いていたのだろう。

「本来、掃除の道具ではなく飲み物ですから。美味しく飲んでしまえるのなら、それが一番に決まってます」

「ふふ、お優しいんですね。そんなお優しい茉優さんに、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「僕のご主人様になってくれませんか?」

「へ!? 私ですか!?」

「なっ! 駄目だ駄目だ!」

 両手を広げたマオが、私と玄影さんの間に割り入る。

「お前の妙な趣味に茉優を巻き込むな!」

「ですが主人がいなくなってしまったものですから。このままでは、今夜は公園をお借りして寝ることに」

「え……? 玄影さん、ご主人様がいらっしゃらないと寝る場所もないんですか?」

「プロのペットなもので」

「んなプロやめちまえよ……」

 呆れ顔のマオは、はっとしたようにして私の肩を掴む。

「茉優、駄目だからな。こーゆーヤツは同情したが最期、あの手この手で居座りやがるタイプに違いないからな……!」

「おや、僕のような人間と関わった過去がおありで?」

「誤解を招くような言い方をするな。人生経験が豊富なもんで、色んな厄介者を見たことがあるってだけだ」

「ふふ、それはあやかしと人間、どちらだったのでしょうねえ」

 朗らかな笑みを浮かべる玄影さんに、私は思わず「え」と零す。
 玄影さんはそんな私の反応に「可愛い反応ですね」とご機嫌に笑みを深めて、

「茉優さんは人間ですが、彼はあやかしですよね。詳細までは判別できませんが」

 どうして、と焦る私とは対照的に、マオが「やっぱりな」と心得ていたように呟く。