「……なんでアンタと」

「逃がしてあげたいのに、逃がしてあげられない同士ですから。呼んでくだされば、いつだって来ます」

 里香さんが濡れた瞳を緩めて、薄く微笑む。と、

「いくら大切だろうと、幸せであってほしいと願おうと、人はある時とつぜんに死ぬぞ」

「マオさん……?」

 彼は冷たい表情のまま、里香さんを見つめ、

「その"ある時"は、それこそ今この瞬間かもしれない。その時お前は、後悔しないか? こんなことならもっと早く、もっと時間の許すまま、一緒にいれば良かったと」

「それは……」

「幸せになれるのかどうかなんて、自分の行動次第でいくらでも変えられるんじゃないか? けどな、死だけは絶対に、誰にも変えられない。本当に辿り着くかどうかもわからない未来を怖がって、離れている間に失うくらいなら、俺は"今"を有効に使う。この手を取ってくれるように。俺を選んでくれたのなら、絶対に幸せにするために。その覚悟に、あやかしの血なんて関係ないと思うがな」

「……そうだ、ね。アタシはこの血を言い訳にして、覚悟を決めることから、逃げてたのかも」

 里香さんは立ち上がり、玄影さんに「花、ちょうだい」と手を差し出す。
 白い布製の花弁にそっと頬を寄せ、

「お願い。縛り付けることを、許して」

 それから決意を固めたようにして、ベッドに置かれていたスマホを手に取った。
 電話をかける。相手は、言わずもがな。

「……あいり? その、久しぶり。……話が、したくて」

 途端、え、と里香さんが虚を突かれたような顔をした。
 真っ青な顔で、スマホから耳を放す。

「里香さん?」

「……電話、切れた」

「! そんなはず――」

 刹那、ピンポン、ピンポン、ピンポンと。
 三度響いた呼び鈴の音に、里香さんがハッとしたようにして駆けだす。
 外も確認せずに勢いよく開けた扉の先。立っていたのは――。

「っ、あいり」

 里香さんが彼女の名を呼んだ、次の瞬間。

「りかっ!」

 あいりさんが里香さんの首元に腕をまわして、抱き着いた。
 よろけた里香さんが、上り口に腰を落とす。

「あ、あいり――っ」

「里香のばか!!」

 あいりさんが顔を上げる。
 大きな瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちた。