「里香さんもご存じでしょうが、人間にとって、左手の薬指は特別な意味を持ちます。婚姻や特別な関係を誓う場所でもありますから。調べてみたら、左手の薬指にだけ異なる色を塗るという"おまじない"がありました。好きな相手と両想いになれる、恋のおまじないです」

「…………」

「お二人のどちらから始められたのかは分かりませんが、調べれば簡単にわかる"おまじない"です。里香さんはあいりさんを、恋人ではないと言いました。恋人ではないだけで、あいりさんを特別に想っているんですよね。だからこそ爪を染めながら、女郎蜘蛛の血に苦しんでいる。好いた相手を不幸に陥れるあやかしの血だから。里香さんは、あいりさんを幸せにしたいから」

「……あいりが、アタシのせいで不幸になるなんて、考えるだけで死にたくなる」

「でも里香さんは、女郎蜘蛛ではありませんよ」

「……は? アンタ、なに言って……」

「女郎蜘蛛のご先祖様は、ずっと前の話なんですよね? そこから繋がるひとりひとりが、誰かと結ばれて代を繋ぎ、そして里香さんに辿りついている。なら、里香さんの血には、女郎蜘蛛さんの血よりもはるかに多くの"人間の"ご先祖様の血が流れているってことですよね」

「…………」

「その方々全員が、お相手を不幸にされたのでしょうか。私はあやかしに詳しくはありませんから、そもそも女郎蜘蛛というだけで必ずしも相手を不幸に出来るのかという点についても懐疑的です。確かに血の衝動は、本能に結びつくのかもしれません。だけど行動を決めるのは、心ではないでしょうか。少なくとも、里香さんは女郎蜘蛛の本能よりもあいりさんを愛する心が勝ったから、お別れを切り出したのではないですか?」

 里香さんが自身の爪を見つめる。
 その瞳に宿る愛情に、私は頬を緩めた。
 だって、お二人はきっと。

「もう一度、お二人でお話されてみてはどうでしょうか。あやかしとか、女郎蜘蛛の本能とかは抜きにして。里香さんとしての素直な心をお伝えすることが、重要なのではないかと。それで離れることになったのなら、その時は、一緒に泣きましょう」