「…………」

 おねがい、と。里香さんは震える声で呟く、

「あいりをアタシの糸から逃がしてあげて。花もネイルも、この家だって。全て捨てて隠れてしまえばいいってわかっているのに、アタシには、出来なかった。逃がしたくないって、アタシの"蜘蛛"が拒絶するんだ。あれを飼ったのだって、あいりに諦めてもらうためだって言いながら、もしかしたらもっと気にかけてくれるようになるんじゃないかって期待してた。あいりが花を入れ始めて、うれしいって、思ったんだ」

 里香さんは目尻を掌で拭う。

「アンタ達を呼んだのだって、あいりがいなくてもアタシは大丈夫だって、見限ってもらうためだったのに。もしかしたら、花以上のことをしてくれるんじゃないかって。……会いに来てくれるんじゃないかって、どこかで待ってたんだ。逃してあげたいのに、逃してあげられない。こんな、こんなあやかしの血が憎くてたまらない……!」

 叫ぶようにして涙を流す里香さんの背を撫でる。
 逃がしてあげたいのに、逃がしてあげられない。その言葉に、私の心も罪悪感に軋む。

「……里香さん。私は里香さんを尊敬します。だって、自分の気持ちも相手のためにって押し込めて、あいりさんと離れたんですから」

「どこが。表面上は突き放していたって、ちゃんと逃がしきれてない。慰めとか、いらないんだけど」

「慰めなんかじゃありません。本心です。だって……私は、逃がしてあげなきゃってわかっているのに、離れるどころか話してあげることすら、出来てないんです」

「……アンタが?」

「はい。お相手の優しさに甘えて、その人の幸せより、自分の欲を優先させているんです。……私からしたら、里香さんよりもよっぽと私のほうが"蜘蛛"ですよ」

「……アンタは、人間だろ」

「人間、なんですけどね。でも人間だって、独占欲はあります。相手が自分を見てくれるのならと策を張る、狡猾さだって」

「……どれもアンタには似合わない言葉」

「でも、本当ですから」

 苦笑する私を、里香さんがじっと見る。
 探るような眼。同時に、その頭の中では、たくさんの感情を繋ぎ合わせているような。