番外編
「ディル様へのごはん、今日はわたくしが作りますったら作ります!!」
「……あたしの仕事。シンディーは引っ込んでて」
「むぅ、良いじゃないですか一日くらい~! わたくしがご飯作りますったら作ります! ほら、アリスちゃんはまだ寝る時間ですよ」
「いつも寝てるのはシンディーの方でしょ」
早朝、屋敷の台所ではこんな言い合いが延々と繰り広げられていた。
普段は賑やかな村も、まだ多くの人が眠りについておりしんと静かな午前4時だ。二人の主人、ディルックももちろん眠りについている。
アリスにとっては、なんてことはない日課だった。お店の仕込みもあるので、彼女は毎朝この時間に起きて、せっせと料理の準備をするのだ。お肉から臭みをとる下処理をしたり、イノシシ肉を麴漬けにしたりと、その手間を惜しむことはない。
そのために、夜だって早く寝床につく徹底ぶり。
一方のシンディーはといえば、いつもならぐっすりベッドの中だ。たまにディルックの布団に潜り込むこともあるが、いずれにしても寝ている時間。
それが起き出してきたのには、
「ディル様の胃袋を他人に掴まれてるのがどうしても落ち着かないんです~!! わたくしだって、お料理できますもの」
彼女なりの理由があった。
めちゃくちゃな論理だが、彼女なりには筋が通っているつもりらしい。
「……ふふ、あたしが掴んでるんだよ、ご主人様の胃袋」
「な、な、なにをぉ!?」
「シンディーには無理だよ。あたし、料理だけならうまいもの」
「やってみなきゃ分からないでしょっ! わたくしだって、余裕のよいですーだ!
そうだ、勝負しませんこと、アリスちゃん! わたくしだってきっと素敵な朝食を作ります! アリスちゃんが泣きべそかいて、「あたしなんて料理も二番~」って泣いちゃうような料理作っちゃいます~だ!」
見え透いた煽りを吹っかける。
「……本当にやるの?」
乗り気ではなさそうなアリスだったが、
「あらら、アリスってば、わたくしに負けてアイデンティティなくすのが怖いのー?」
「……………そ、そこまで言うなら、受けて立ちます」
料理においての彼女は、とにかく負けず嫌いだ。挑発に乗ってくることまで、シンディーの思惑どおりだった。
対決することが決まりになる。材料を相談した結果、作ると決まったのはオムライスだ。
テンマ村の特産品を豊富に使うことのできる一品である。
二人は別々に、さっそく作り始める。
「負けないよ、アリスちゃん!」
「望むところです。あたしの全身全霊を賭けますよ」
めらめらと張り合ってから、二人同時に調理へとかかる。最初は対決じみた空気感だったのだが、
「ふ、ふえ! アリスちゃん、どうしましょどうしましょ! 卵が溢れました! あぁ、お米も焦げる!! ちょっ、煙あがったんですけど! 水!? とりあえず水かければ済む!? アリスちゃん!!」
「それだけはだめだって、シンディ―。落ち着いて!」
てんやわんやのシンディーのせい、すぐに休戦となった。
仕方なく、アリスはシンディーの手伝いへと入る。
焦げたと言っても、まだ軌道修正が効く段階だった。アリスは超越的なその腕で、あっという間にリカバリー。
オムライスが形になっていく。そこからは、なんとかやり遂げようとするシンディーの補助に、アリスがつく形となった。
シンディーは言われるままに、料理をしていく。
正直、ほぼ初心者。まるで出来ないシンディーであったが、アリスのサポートもあり、苦難の末、ほかほかオムライスが人数分3つできあがっていた。
そのよい香りが、二人の主人を起こしたらしい。
「朝早くからご飯作ってたのか……ってシンディーまで?」
ディルックの問いに、
「……うん、二人で作ったの」
「って、アリスちゃん! ほとんど助けてもらったよ!? ディル様の前でそう言ってくれるのは嬉しいけど悔しいからっ!」
こんな回答が返ってくる。
早朝の小競り合いは、結果として平和な結末を見た。少しだけ焦げたオムライスはほんのり苦かったけれど、ディルックが美味しく食したのであった。