私利私欲による侵略と、そこから住民を守るための防衛戦。
森を挙げた早朝の決戦は、ディルックの獅子奮迅の働きにより、思いのほか早い決着を見ていた。
侵略をけしかけていたアクドーら一行は、被害者であった亜人たちに軒並み捕まって、国の衛兵たちへ引き渡される。
亜人だけならば、まともに取り合ってもらえなかったかもしれない。
ただ圧政に苦しんでいたローザスの町人も同じ被害を訴えたことが、決め手になった。
次々と処罰が下されていく。
ただし、主犯格とされたアクドー、ドルトリンの二人に待っていたものだけは、別物だった。
「これより、貴族裁判を行う。A級犯罪者アクドー・ヒギンス、ならびにその共犯者ドルトリンを前へ」
法による裁きだ。
ゲーテ王国では、大規模な犯罪が起きた時のみ、主要都市においてこれが開かれる。
その決定は、王のそれと変わらぬ拘束力を持つ絶対的なものだ。いまだかつて、その判決が覆ったことはない。
審判員と貴族の監査官のみが見守る中、定刻通りに裁定が始まる。
「アクドー・ヒギンス被告、罪状を読み上げます」
「なっ、僕をそんなふうに呼ぶんじゃない! くそ、誰だと思っているんだ。国をも動かすヒギンス公爵家の子息様だぞ!? こんなことをしていたら、貴様らの家族は全員ヒギンス家が暗殺者を向ける!」
アクドーは、嵌められた手枷をはずそうと暴れた。大口を開け、自分勝手な主張をぶちまける。
「静粛に」
しかし裁判長はそれを一蹴し、それ以上は取り合おうともしなかった。淡々と、罪状とそれに対する刑罰が述べられていく。
アクドーに告げられたのは、領主の解雇と十年以上の禁固刑だ。
妥当な処罰といえよう。
しかし、これまで歩いているだけで、光の差す道を進んできた彼にとってそれは、急に目の前に暗幕を下ろされたような絶望感があった。
「な、なぜだ! 僕は公爵家の人間だぞ!? 父がこんなことを許すわけ……」
「この裁定は、王のそれに同じ。つまり、絶対でございます。すでに、ヒギンス公爵も了承済みでございます」
この時点で、崖の底へと突き落とされたような感覚になるアクドーだったが、無情にもさらなる絶望が降りかかる。
「あなたを勘当し親子の縁を切る、と申されておりました。ここに証書もございます」
「………なんだと。じゃあ、今の僕は?」
「ただのA級犯罪者、酌量の余地もございません」
彼の悪行は、ヒギンス公爵の権力を持っても、もう庇いきれなかったのだ。
町を不法に支配し、センシティブな亜人との問題を引っ掻き回すような行為を容認できはしなかった。
むしろ、勘当の判断は遅かったくらいである。これまで立ったこともない地の底に落ち、アクドーは言葉を失い立ち尽くす。
だがそれにも構わず、裁判は粛々と続けられた。
なぜなら、本題はアクドーではなくドルトリンの方だったからだ。彼に下されたのは、無期の刑罰と拷問処分である。
「ドルトリン被告。妙な魔法を使っていたと聞くが事実か。人を操る魔法。我々はそんなスキルを他に目にしたことがない」
「きゃきゃきゃ、君たちも従わせてやろうかぁ? このドルトリン様を殺さずに拷問とは、舐められたものだ」
「強がるんじゃない。魔力はいっさい使えないよう、手枷に阻害魔石を仕込んである」
阻害魔石はその名の通り、触れた相手から魔力のコントロールを奪う。質の高いものは、その全てを霧散されるほどの力を持つ鉱石で、希少で高価なものだ。
いわばこの手枷は、国の威信をかけて作り上げた、重罪人専用のものだった。
破りようがないはずである。そのうえ万が一外されたとしても、辺りには手練れた衛兵が待ち受けている。
だのに、ドルトリンはそれでもニタニタと笑う。
「せっかく、いい隠れ蓑、いや寄生先を見つけたというのになぁ」
「貴様ら、いったい何を企んでいるんだ」
「ひひひっ、分かるものか。我々がこんなことで、終わりと思うなよ……? 我々は、不死鳥のごとく、また必ず蘇るのだよぉ! 我々は、必ずぅ」
「うるさい、こっちにこい!!」
ドルトリンはこの言葉を残して、連れ去られていく。彼は最後まで狂気的な笑いを絶やさなかった。
不気味で底知れぬその言葉に、裁判員らは口にこそしないものの、不安感を覚える。
裁定の場は、静まり返った。彼らの関心は、完全にドルトリンへと移っていた。
「くそ! ほどけ! この、くそっ! 覚えてろよ、僕はそのドルトリンを使っていた男だぞ!! なんとか言え、クソども!」
喚く声にも、誰一人関心を示さなかった。