戦闘はその後、一進一退の様相となった。
一対大多数なのだ。いかんせん数が違いすぎるため、押し切れない。
「ふざけるな! 俺たちは善意なんだ!! 亜人の森なんてものは滅べばいいってのは、人類共通目的だろ!!」
「それに、アクドー様はかなり金を持ってる! 金のためなら、亜人の血なんていくらでも流してやるさ……うわぁっ!!」
まったく偏った思考の持主にかいないのか、アクド―の部下は。
俺はため息をつきつつも、襲いくる矢を剣で弾き、足元の矢は飛んで避ける。地面に刺さったそれを足場にして飛び、
「ラベロ流・半月上弦斬り!」
切っ先で半円を描いてからの袈裟斬りで、魔力の波動を放つ。それにより雑兵たちを蹴散らし、その悲鳴を聞きながら、ため息をついた。
殺さぬよう加減していることも、そもそも敵の総数が多いこともあって、正直キリがない。ただそれでも一歩も引かず待っていたのは、
「派手に暴れるねぇ、君。こぉのドルトリン様の前で、やってくれるもんだぁ」
敵の幹部を待ってのことだった。
先ほど敵兵の残していたその言葉を信じてのことだったが、大正解だったようだ。
「引いてろぉ、山賊ども、下級戦士ども!」
ドルトリンと名乗る男は、割れる部下の波の中から、俺の前へと現れる。
男は全身を黒服で固めていた。髪は奇抜な赤色で、なにより特徴的なのは、レンズの奥が伺いにくい、茶色の眼鏡をしている。にやりと唇を歪ませた。
「君かぁ、話はかねがね、うちの領主から聞いてるさぁ。君に酷い仕打ちをされた、やり返したい、と馬鹿みたいにねぇ」
「……お前が、幹部か? 主に対して、いいのかよ、その言葉。どうでもいいけど」
「ふっふ、口が滑った。まぁいい。聞いた奴は、あとで口を塞いでやるさ。アクドーは、金も地位もあるが脳はない。いい隠れ蓑でねぇ。最高の寄生先なのさぁ」
ドルトリンの使う獲物は、モーニングスターらしかった。
長い棒の先に鉄球がついている。
彼は話をしつつそれに手をかけ振りかざす。地面に衝撃を伝える攻撃かと飛んで避ければ、そうではない。
「やれぇ、クソの役にも立たない亜人どもが、やっと少しは利益を生んでくれるぅ。心が躍るなぁ」
「な、なんだよ、これ……!」
「このドルトリン様の、いつどうなってもいい駒だよぉ!!」
兵士らの奥から、轟音が迫りくる。
探索をしてみれば、数は100程度。しかし、先ほどまでのように蹴散らすわけにはいかなかった。
武器を手に襲いくるのは、さまざまな種の獣人、中にはエルフも含む亜人たち。それも、様子がおかしい。
「くそ、なぜ俺が戦わされる!! 一日20時間労働というだけで、もう体が動かないのに」
「や、やめてくれ、攻撃をしないでくれ。くそ、なんで勝手に手足が……」
明らかに、操られている。
「きゃっきゃっきゃ! このドルトリン様の作った腕輪をはめた人間は、命令に逆らえないのだぁ」
ドルトリンは、またも甲高い声でわめいて、俺に問いかける。
「さて、敵兵すら殺せない甘々の君に、こいつらがやれるかぁ? 貴様が愛する善意の住民だぞぉ?」
やることが、あまりに外道すぎる。
それに、どうやって操っているのか分からない。腕輪をはめただけで人の自由を奪い操作するスキルなど聞いたことはなかった。
沸き起こる怒りのせいで、つい目線に怒りがこもる。
「おぉ、怖い怖い。一対一なら敵う気がしないなぁ、間違いなく災害級の強さだ。睨みだけで空気を変えるとは、なんたるオーラ……! でも、君が戦うのはこのドルトリン様ではないからねぇ」
「……すぐにお前を倒しに行ってやる! 一発、きついの入れてやるよ」
そう、戦い方はいくらでもあるのだ。
白龍にもらった力や実家の剣技だけで、ここまで領主としてやってきたわけじゃない。
「錬金作成!」
シンディーから受け取り、一緒に磨いてきたこの魔法ならば、対処はできる。
幸い、ここは森の中、材料はたくさんある。魔力もアリスの携帯食料で、回復したばかりだ。
俺は後退しつつ、手枷や足枷を即興で作り出して、亜人らに嵌めていく。拘束した状態で、危害を加えられるといけないから、彼らの周りを土嚢で覆っていった。
その途中、垂れ耳とふわり丸い尻尾を持った二人がふと目に飛び込んでくる。煩わしく降りかかる矢を一本の剣で薙ぎ払いながら、たまらず口にしていた。
「デミルシアン族! もしかして、二人はコロロの……」
「な、なぜ、あなたが我が娘の名を!? 我はコロロの父。あぁ、話をしたいのに身体の自由が効かぬっ」
彼らによって、振り付けられる斧や槍を一足飛びに避ける。上からでも下からでも、お手のものだ。
錬金術で二人を近くの木に結ばせてもらって、そのそばにかがむ。
「コロロなら無事ですよ。この森にいたデミルシアン族の方はみんな、うちの村に避難しています」
「あぁ、よかった……! 奴らに捕まってからというもの、不安で仕方なかったのだ。ありがとう…………!」
「礼には及びませんよ。コロロには、いろいろ助けてもらってますから」
俺を狙って、空から矢が降ってくる。剣技を発動して全てを弾き返すが、余裕を作らせてはくれない。話は一旦切り上げなければなさそうだった。
コロロの両親に当たらぬよう、土を隆起させて防御の壁をなす。
「全てが終わったら、きっと会えますよ」
「ありがたい……! なんと慈悲深い方だっ」
そこで、場を離れた。
俺は亜人らの攻撃や木々の枝を、飛んで跳ねて避けながら、それを手当たり次第に繰り返していった。
乗じて襲いくる敵兵も、どんどんと拘束していく。
「な、なにぃ!? このドルトリン様の捨て駒たちがぁ、どんどんと本当の捨て駒にぃ!? ありえないぃ! この一瞬で、対処法を編み出しただとぉ? それに、なんだその魔力は。そこなしかぁ?!」
「褒められても嬉しくないよ。ドルトリンとか言ったか。悪いが、逃げるのはここまでにさせてもらう」
そして、反抗のときだ。俺は一旦剣を鞘へと納め戻して、後ろへ引いた左足で身体が流れていくのを止める。
踵を蹴上げて、龍の力で加速し一直線。
「な、な、な、く、くるなぁ!!」
「そう言われても、もう止まれないんだよ」
途中で姿勢を変え、足を前へと出し、首を挟む。こきりと捻って、そのまま押し倒してやった。
「観念しろよ、へんてこスキル野郎」
馬乗りになって、その首を地面へ押さえつけてやる。
「やべぇ、こいつ……! 一人でまるで軍隊みてぇな強さしてやがる!!」
「うちの幹部がこうもあっさりとやられるなんて……! 早いが、ここが潮時かっ。た、退却だ!!」
周りの兵士らは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように去っていったが、ドルトリンの奴は一人ニタニタと笑っている。
この状況で、どうして笑えようか。
誰がどう見ても、絶体絶命の状況なのは明白だ。だが、男の顔には愉悦が滲み出て止まらない。
「なにを企んでるんだよ、その顔は」
「ふっふ、ふっふふ、このドルトリン様の操った獣人たちの一部は君を狙ってなかったのさぁ!」
「ま、まさか……」
「そのまさかさぁ。今ごろ君のお仲間に襲い掛かってるかもねぇ。最初から君の後ろに潜んでいた獣人も、ドルトリン様の駒の一つだったのさ」
俺は、ちっと舌を打つ。相手どると、なんて面倒臭いスキルだろうか。
ともかく、すぐにでも彼女たちのところへ行かねばならない。切り倒しておこうかと思うが、
「ドルトリン様に手荒なことをしてみろ、繰られた亜人どもがどうなるかわからないぞぉ? 血を吹いて死ぬやもしれんぞお?」
こう言われれば下手に手を出せない。
今は彼の発言を嘘か本当か検証している場合じゃない。俺はひとまずドルトリンを錬金で成した木で縛り上げ、反転走り出す。
「ふっふふ、間に合わないかもしれないよぉ」
「悪いけど、絶対間に合うって確信があるんだ。仲間には指一本触れさせない」