と、その一方でジタバタともがくのは捕虜たちだ。
「お前、隣村の奴らか!? くそ、はなしやがれ! ワテらが誰の下についているか知っての行動だろうなぁ!」
「アクドー・ヒギンスだろ。それくらい分かってる」
「へっへ、分かってんじゃねぇ~かぁ! てめぇらがどんな策を用いようと、こっちは金と数が違うんだよ、カスめ!!!」
「うるさいですね、ほんと。ディル様、殴っても? 錬金術でおっきなハンマー作ってなぐっても!?」
「シンディー、いいよ。言わせておけばいいんだ」
「へっ、わきまえろ!! 俺を捕まえたところで、貴様らはかなわねぇよ!なにせ、アクドー様の家臣様は妙な力を持ってんだ。俺が叫び散らせば、必ず援軍が来て、お前らの終わりだ!!」
静かで穏やかな朝は、今日も森には訪れない。
けれど、今だけはそれでいい。むしろ、叫び散らしてもらわなくては困るのだ、彼らには。
むしろ、叫んでくれる方が思う壺である。
「おい、確かにこっちから声がしたのか?」
「あぁ、間違いねぇ! 大方、俺たち山賊のバックに公爵様がついてるとは知らない情弱どもが、喧嘩売ってきたんだろ」
「ははっ、最高の朝だ。朝から亜人どもの血が見れるってわけか! この大槍でひとつきにしてやる」
「万が一でも浴びねえようにしねえとなぁ? 一生ものの汚れになっちまう」
息をひそめて彼らが向かってくるのを待つ。俺は、拳を震わせるコロロの手を握って、諭すように揺すった。
耐えるのは、もうほんの少しだけだ。
そして、彼らアクドーの配下はまんまと踏み入れた。全く気づくことなく、俺の管轄である東の森に。
「ディル様! うまくいきましたっ!」
「当然よ、綻びはないわ」
頼もしい二人に頷きを返して、俺は剣を抜き草陰から立ち上がる。
「き、貴様は!?」
「俺はこの東の森を管轄する領主。ヒギンス家が境界線を破り侵入してきたため、返り討ちにする」
「こいつ、なにを言ってやがる! テンマの領主だと?
境界線を超えてるのは、てめぇじゃねぇか。ほら、領地境界線の小道はてめぇの後ろだ」
「はんっ、亜人を内輪にとりこむ変人だと聞く。目もおかしいらしいなぁ。けっけっけ」
清らかな朝にふさわしくない笑い声が、耳をつんざく。
それ自体はひどく不快だった。だが、それを差し引いても作戦の成功は喜ばしい。
なぜなら、なにも分かっていないのは彼らの方だからだ。
「一線を超えたのはお前たちのほうだよ、よく見てろよ」
俺は立ち上がり後退し、先程大技で抉り作った道まで出ていく。
足先で少し土を掘って、真下を指差した。
「ここは、さっき俺が作った道だ。その証拠に、まだ真新しい茶色をしてる。もともとあった道は、お前らが越えてきた道だよ。山賊ども」
「……な、なんだと!? だが道なんて……み、道だ…………」
彼らは後ろを振り返り、そのまま固まってしまう。そこでは、ちょうど元の小道が露わになるところであった。
シンディー、キャロット、コロロの三人に手によって薙ぎ払われたのは、木々の模型だ。
夜中のうちに錬金術を用いて、作成していたものだ。これにより、道の場所を誤認させていたのだった。
「というわけだ。大人しく捕まってくれるか、侵入者さんたち」
「くそ、なんて悪知恵の働く男だ!」
本物の悪党に言われるとは、思ってもみなかった。とりあえずまあ褒め言葉と受け取っておく。
「へへっ、だが、関係ねぇ。この騒ぎで、じきに大部隊がくる。どうせ入っちまったもんは仕方ねぇ、うちの幹部が来る前に、ここでやっちまえば大手柄だぞ、野郎ども!」
仲間に知らせるためだろう、大きな指笛が吹かれる。
騒然とし始める西の森の気配を探知してみれば、もうかなりの人数がこちらへと向かい始めていた。
多勢に無勢はもうお手のものだが、少ない味方がこう固まっていては逆にやりづらい。
「コロロ、二人を乗せて逃げられるか? 手足を獣化して走り抜けてくれ。デミルシアン族の足なら、たぶん一刻とかからず着くはずだ。逃げるんだ、それから村に着いたら警備を固めるよう知らせてくれるか」
「……そなたは残るのですか」
「俺は残るよ、やらなきゃいけないことがある」
異議を唱えたのは、シンディー一人だった。
「で、でも! それなら、わたくしもご一緒に……」
「俺の心配はいらないから。先に帰っててくれ。終わったら、アリスにうまい飯でも作ってもらって屋敷で食べよう。コロロ、じゃあ頼む!」
俺は、戦闘服の内ポケットに入れていたアリス特製の携帯食料を噛みながら、ひとときの別れを告げた。
さすがに、アリスの料理は伊達じゃない。かりっとひと噛みするだけで、魔力が漲り始める。
さっき森に新しい道を作るという大技をやったばかりだが、これならば、まだまだ戦えそうだ。
剣を構え直す。敵の数は目で見える範囲で50以上、感覚で探知できる範囲で1000は固い。町にもいるだろうから、総数にすれば3000近いか? 辺境においては、普通考えられないような人数だ。
俺は先ほど作った道まで敵を誘き寄せ、その剣を飛びよけて、空いたスペースへと飛び降りる。
「ラベロ流・月船斬り!!」
足元を払うように、龍火を帯びた剣を半円状に振り切った。
魔力がない頃なら、一人を倒すための奇襲的な技だったが、今はもう違う。
火を纏った爆風が、生きる龍かのごとく地を這った。
勇み武器を向けていたものたちが、次々に道へと突っ伏していった。
力は加減していたから、死なせるようなことはあるまい。血を吐くものはあれ、致命傷ではなさそうだ。
斬り終えた低姿勢のまま、あたりを見回す。それから、剛の気をあたりに放つ。
「ふぅ、これで100は減らせたか?」
「ば、ば、ば、化物だぁぁ!!! つ、強すぎる! これが人一人の力か!? ひぃっ、俺は逃げるぞ!!!」
みんな、あぁして逃げてくれればいいんだけどなぁ。無益に傷つけたくないし。背を向けて敗走する敵兵を眺めながら、そう思った。