こうしてはからずも海賊らを傘下に入れたことで、海辺へ進出する一つの足掛かりを得た。
俺はそれくらいに思っていたのだが、数日後再び伺ってみると、
「龍の旦那! こいつらが、俺の配下にいた船員たちだ。総勢30名、みな異議はないとのことだった。よろしくお頼み申す」
なんとまぁ、思った以上の大所帯であった。
人数もそうだし、船は5隻も所有していた。そのうち一つは沖まで出られる大型の帆船だ。
さっそく乗せてもらっているが、安定感が違う。ちょっとやそっとの波では揺らがない。
「舵をとって、風を受けろ!」
ドドリアの命により、船が方向を変えた。頭上に大きく張られた帆が、膨らむ。
そこに大きく描かれたのは、前に見た髑髏の海賊旗ではない。
いつの間に作ったのか、ラベロ家の家紋である三日月紋の周りに、龍がとぐろを巻いている。
見上げて驚いていると、ドドリアは胸を得意げに叩く。
「どうです! 悪事ばかりが刻まれたあの海賊旗は、もう振り回せねぇでしょ。だから、夜なべして作ったんでぇ! いかすもんでしょう」
圧巻の出来であった。
ついてきていたアリスが、目をキラキラと輝かせる。超絶人見知りモードが発動していない理由は、簡単だ。
「うんうん! 気分も上がってきた! きっとお魚たくさん穫れるよ! あぁ、脂の乗った鯛とか、身のしまったタコとか……。想像するだけで、あぁ海ってなんて素敵な場所なの!
 そこへ出られるなんて、あたし、夢みたい!」
お料理魂が、彼女の心を燃やしていた。
海賊船を漁船に変えたいという話をすると、真っ先に飛びついてきたくらいだ。
「アリスちゃんってば、暴れたらダメですよ」
「そういうシンディーさんは、わざと怖がって、ディルック様にひっつくのお見通しだもん。おあいこ、おあいこ!」
「二人とも、あとで酔われたら困るから、いがみ合うなよー」
そう言って静まるなら事は早いのだが、そうは問屋が卸さないのは、日常生活でよく理解している。今や村にはたくさんの住居が構えられているが、二人はいまだ、俺とともに屋敷に同居中だ。
どうやら、共同生活が気に入ってしまったらしい。それは俺もそうだった。彼女らといると、毎日が賑やかでいい。
とはいえ、いがみ合いがすぎると困るのだけど。まだ二人が騒々しいうちにも、船は元海賊団の手によって進められ、俺たちは沖まで出ていく。
「龍の旦那! 例の網、どの辺りで下ろすんでい?」
「ちょっと待ってくれ。今、探知するから」
陸だろうが海だろうが、勝手は同じだ。
目を閉じて、気配に意識を済ませば、やがて水の下の生き物たちの動きが見えてくる。
強い反応があったのは、右手側だ。
「ドドリア、右に強くかじを切ってくれるか。魚群が辺りを旋回してる」
「了解しやした! でも、船乗りならこう言いますぜ。面舵いっぱい! ってね」
「なるほど、海の流儀ってわけか。みんな、面舵いっぱいだ!!」
船が大きく方向転換する。船員たちが慌ただしく動く一方、俺たちは用意していた仕掛け網を広げ、漁の準備を始めた。
これはシンディーと共に作った魔導具だ。中心へ誘い込むような海流が自動で生まれる仕組みである。
「範囲としては、こんなものか……?」
目的地について、俺たちはいよいよ網を水面へ下ろしていく。知識はあれど、いかんせん実践は初めてだ。まごまごとやっていると、
「たくさん、たくさん、取ろうよ! あたし、どんな珍魚でも捌いてみせるから!」
アリスが勝手に意気揚々と網の範囲を広げていく。
「ちょっと、これ大丈夫でしょうかディル様……! アリスちゃん欲張りすぎたんじゃ」
シンディーの不安は、その少し後、現実のものとなった。
魚群もかかったが、もっと大きなものも引っ掛けてしまった。
「りゅ、龍の旦那! まずい、あれは大海獣・トドセル! 尋常じゃないほど鋭いツノを持っていて、船を突き破ることもある大物! 海の主とも言われる存在だ」
「ねぇ、ドドリアさん。あれって食べられるの? どんな味なのかな。気になるかも!」
「あー、もうっ。アリスちゃん、食い意地はそこまで! あわわ、わわ、どうしましょうディル様~! 海の藻屑はいやです~」
シンディーがそう俺に泣きつく間にも、トドセルはこちらへ突進してくる。
眠りについていたらしく、気づけないまま、網に巻き込んだのが災いした。怒りを露わにしていて、その圧は肌で感じられるほどに膨張していく。
このままでは船体が大破して、海に沈められかねない。
だが、海の中ではまともに戦えるかどうか。
迷う時間もなく判断を迫られた俺は、水面下でこちらへ猛然と向かってくるトドセルへ剣先を向ける。
身体から柄を伝って剣身まで。俺は、魔力を行き渡らせていった。一方で、別の回路では『気』を練るのも忘れない。剣が二つの異なる力を纏う。
それを、俺は海の中へと差し込んだ。失敗すれば、船の大破もかんがえられりじょうきょうだったが、
「………きゅーん」
無事に技は効いたらしい。トドセルは、途端に大人しく従順になり、甲高い声で鳴く。
前に剣士・バルクが言っていた『剛の気』とは反対、『柔の気』を使ったのだ。
「龍の旦那……! すげぇ、あの海獣の王を従えちまった」
「トドセルが甘え声を出すところなんて、初めて見た! すげぇ、龍の旦那は、海の上でもイカすぜ!!」
船員たちが歓声を上げる。さすがは元海賊、陽気なもので楽器をたたき祝うものもいた。
俺は船の端で、トドセルと少し戯れてから、網の外へと出す。網を引き上げてみれば、
「おぉ、お魚! お魚!」
「こら、アリスちゃん! 反省しなさいってば! まぁ、この漁獲量はすごいですけどぉ」
二人も大興奮の大漁であった。
アリスには後でちゃんと忠言するとして、今は彼女のやる気に、水を差したくなかった。
俺たちは、港まで帰ってくる。
船員らを連れて村まで戻ると、すぐに始まったのは公開解体ショーだ。
「このお魚、マグロっていうんだよ! この身が美味しいのなんのって、誰も知らないなんて驚いちゃった。本当は数日置いて熟成させなきゃなんだけど、あたしの出すシーズニングは特殊だから、もうそこまで終わってるよ」
理屈はよくわからないが、だ。
「4000年前はこんな大きな魚捌いて食べてたんだな」
「そーだよ! ディルック様にも食べてほしい、そしてわかって欲しい! マグロの尊さ!」
匂いや騒ぎに釣られて、わらわらと人が集まってくる。覚醒状態のアリスは、その中心で見事な手際で魚を捌き続けた。
その場にいたもの全員で、食べてみたが、たしかに絶品だった。
魚とは思えぬ脂の乗り方で、お酒が進むことこの上ない。
ちなみに、テンマ産のものはまだ開発途中であるため、キャラバンから仕入れた上等白ワインだ。
『調味自在』スキルでもって俺とアリスで生成した甘塩がまた、合うこと合うこと!
みんながマグロ肉の美味さに蕩けているなか、眉を顰めていたのは、ドドリアたち元海賊団員だ。
「ほ、本当に俺たちが混じってえぇんですかい?」
略奪を生業としていた身として、引け目を感じているらしい。
もしくは、過去に街で除け者にされた過去が彼らを縛っているのか。
ドドリアは、空のグラスの底を眺めて俯く。別に、そのグラスの中を遠慮で埋める必要はないのだが。
「いいんだよ。誰も気にしてないだろ。ほら」
俺が目線を向けたのは、元海賊の連中とグラスを合わせる村人たちだ。さっそく打ち解けてくれている。
「獣人もドワーフもいるんだ。種族も、身元も関係ないって。気にするなよ、俺たちはもう仲間だ。酒は嫌いなのか?」
「いいや、毎日飲んでやしたが……」
「じゃあ、何も変えなくていいさ」
俺は、ドドリアのグラスに白ワインを注いでやった。一方、自分用に注いだ分をくいっとあおる。
すっきりした後味に浸っていると、
「なんだ、海の男ってのは涙脆いのか……?」
「龍の旦那ぁ! まだ数日だが、俺はあんたの下につけて本当よかった」
隣ではまた、ドドリアが泣きじゃくっていた。
「俺はこんなに塩辛いワインは初めてだ……!」
「美味しいのかよ、それ」
「なにをおっしゃるか! 心底美味い酒だぁ。今まで盗んだどんな酒よりうめぇ」
「なら、よかった」