守りを充実させ、地盤を固めるのも大切だが、それで縮こまっていてはいけない。まだまだ未開の地が、この辺境には広がっている。
ある日、俺が満を持して乗り出したのは、海辺だ。新しく管轄となった新領地であり、隣町・ローザスに繋がる森へ直接繋がる要所でもある。
そのため、なんとしても早めに押さえておきたかったのだ。
海辺といえば、場所は違えど、前に人攫い集団をとっちめたこともある。嫌な予感がしていたので単身乗り込んだところ、
「……あぁん? なんだ、お前は!」
今度も、荒くれた風体の男たちが廃港を占拠していた。
リーダーらしき男がくわえ葉巻のまま、顎をしゃくる。あっという間に、大の大人10人ほどに囲まれてしまった。
彼らが打ち立てるは、髑髏マークの周りでとぐろを巻く龍の旗だ。それは悠然と海風に揺られていた。
俺はあくまで、穏やかに声をかけ返す。
「俺は、新しくここの領主になったディルック・ラベロだ。あなた方は?」
「見りゃわかるだろ、海賊さまだ! この辺り一帯の海や島を締める『昇り龍』海賊団よ。命が惜しけりゃ、とっとと降伏しやがれってんだ! 海賊の世界に、地位は関係ねぇぞ?」
太く穂先の鋭くとがった槍が向けられる。
それにしても、龍とは。俺はその本物の力を使うことができるのだが、彼らがそれを知る由もない。
「ふはは! これは少し前に盗賊集団から盗んだ武器だ。切れ味、テメェの身体で試してみるか?」
「残念だけど、痛いのは好きじゃないんだ」
俺は、その穂先を手で鷲掴みにする。指先にためた魔力で作り出すのは、手刀だ。
こつと根元を叩けば、槍は簡単に折れる。
「こ、こいつ……!」
砂浜に転がったそれを見て、海賊たちは俺から距離を取った。
「ここは街で除け者にされていた俺たちの唯一の居場所! てめぇみたいな貴族出身の野郎に邪魔されてたまるかよ!」
「お前たち、もともとは街の者か」
「あぁ、そうだ! だが、家柄を理由に奴隷みたいに働かされ嫌になって出てきて、たどり着いたのがここ! やっと見つけた安寧の地よ! 貴様などに壊されてたまるか!」
「どうせもう、こいつに逃げ場はねぇんだしな」
俺へ向けられていた武器が、一斉に刺しこまれる。
「ラベロ流・月満ち回転剣舞!」
それを間一髪のところまで引きつけてから躱して、俺は上へと跳び上がった。同時に、剣技を見舞ってやる。
「う、浮いただと……ってうわっ!?」
武器の全てを薙ぎ払い、お次は召喚魔法だ。
呼び出したのは、もちろん白龍である。
強い光とともに現れた彼は、俺を包むようにして、その大きく雄大な体を顕現させた。
「「り、龍!? 本物!?」」
海賊らは、目をひん剥いて俺たちを見上げて凝視する。やはり初見は誰しもこうなるらしい。
「まさか俺たちの旗に導かれてやってきたのか!? 俺たちの味方をしてくれるのか!」
「そんなわけがなかろう。吾輩は、ディルック様ただ一人を我が主人と定めておる!」
「し、喋った!? くっ、こいつが龍を従えているとでも言うのか!」
「そのとおり。吾輩は忠実な僕よ。主人よ、この外れ者たちを蹴散らせばよいか?」
白龍は、その鱗を揺らめかせながらどすの利いた声で問う。
「そこまでしなくてもよさそうだけどね。ほら」
俺がそう言ったのは、すでに海賊たちがみな跪き平伏していたからだった。態度が一転していた。みながみな、必死に頭を下げ続ける。
「龍と戦うなんて勘弁してくれぇ!」
「す、すいませんでした! まさか本当に龍がいて、それを従える方だとは思いもせず!」
「龍は我ら海賊団の象徴! 俺たちは、どうしたってあんたに逆らえねぇ……」
とりあえず荒事は片付いたらしい。それを横目に白龍は、俺の頬へ長い髭を擦り付けてきていた。
そんな彼に注がれるは、きらきらと憧れを含んだものや、力に怯える目などさまざまだ。
「むぅ、こう注目の的となると、なんだかやりにくいの」
「悪い。白龍、もう休んでてくれていいぞ」
俺は彼の鱗を撫で労ってから、召喚を解く。
急に現れ、またしても急に消えた巨竜に、海賊らは呆気に取られていた。
「お前たちは、どういう活動をして、どこで金を手に入れていたんだ?」
一段落してから、事情を尋ねる。
彼ら曰く、海賊といえど、あたり構わず暴れ散らしていたわけではないらしい。
「俺たちが物を奪ってきたのは、もっぱら巨万の富を持つ富豪たちの船や屋敷のみ。
 昔俺たちをまるで物かのように扱ってきた奴らへの仕返しだよ」
「……お前たち、奴隷だったのか?」
「中には、そう言う奴もいる。安銭で殺し合いをさせられ、背中に大傷を負った者もいた。
俺たちは、そいつらへの復讐ついでに生計を立てていた。信じてくれ!」
海賊の言うことだ。鵜呑みにしてはいけないのは、元役人として鉄則である。
無法者たちは狡猾で、相手を騙すことに躊躇いがない。
ただ、彼らは少し違うようだ。
その素直な態度を鑑みても、彼らの拠点にある物品を見てみても、嘘はついていないらしい。
転がっているのは、場所に似つかず高そうな家具類だ。
たしかに、一般層からせしめられる物ではない。
「だからって、ただでは許せないな。略奪をしたことには変わりない」
「…………くっ、罪は罪ってか。やはり役人は頭が固えな」
「なんとでも思うがいいさ。でも、一つだけ言わせてくれ。搾取された辛い過去があるなら、なおさら、お前らが同じことをしちゃいけない。それじゃあ、お前らまで低俗に堕ちることになる」
はっとしたのか、海賊たちは顔を伏せて押し黙った。
ある者は心底悔しそうに、浜の砂利を握りしめる。
「じゃあ、どうしろってんだ……」
その気持ちは、痛いほどよくわかった。
俺だって、身分や外れスキルのせいで、何度も苦渋を飲まされている。
「俺はこの港を再興したい。文明を復興したいって夢があるんだ。その人員になってくれないか。それが、逮捕に代わる罰だ。金も住処も保証する。悔しさや恨みは、力に変えるんだ。そうするしかないんだ」
「…………なっ、俺たちみたいなはみ出しものを雇おうってのか!? でもさっき、許さないって……」
「許すとは言ってないけど、捕まえるとも言ってないだろ」
驚きの声が、海賊たちの間で広がる。そこまで変なことを言っただろうか。
「今、うちは人手不足なんだ。それに、海ならお前らの方がずっと詳しいだろ? それで、どうだ? 俺は決して、お前たちを見下さない。海賊風情とも笑わない。
 ただ断るようなら、俺も役人の端くれだ。捕まえるしかなくなっちゃうんだけど」
冗談を交えて、提示する。
一人は涙ながらに、俺の腰にしがみついてきた。くしゃくしゃの顔で、見上げてくる。
「俺は、この海賊団の船長をしていた、ドドリアだ! 本当に、俺たちに場所をくれるのか」
「うん、その代わりちゃんと働けよ?」
「約束しよう、龍の旦那! これから俺たち『昇り竜』海賊団は、正式に旦那の配下に入らせていただきます。粉骨砕身、働き申す!」
海辺開拓初日にして、大成果である。
味方にしてしまえば、心強そうな面々だった。
「旦那! これから、末長くお世話になりもうす! う、初めて俺たちのことを分かってくれた……」
「旦那ぁ、あんたはなんて、いい奴なんだ !! うぉぉん涙がとまらねぇ!」
……まとわりつかれて泣かれるのは、困ったものだが。