季節は流れ、強い日差しが高くから降り注ぐ時分。
辺境地・テンマは、その太陽にも負けぬほどの盛りを迎えていた。
「いやはや、これほど賑やかな村になっていたとは。我々商人はさまざまな場所に赴きますが、ここまで栄えた村は見たことがない」
「それはなによりです。でも、まだまだ発展途上ですよ。管轄領地も広がりましたし、やらなければならないことが山積みです」
「謙遜なされるな。多種族との共存を実現している村など、テンマをおいて他にない。
 それも、あの寂れた限界集落をあっという間に立て直したんだ。ディルック様には領主の才能もあったのですなぁ」
『メイプル商会』の商人が、村を見渡して感心したように言う。
もうこの村を訪れるのは数回目のはずだが、その度に変化の著しいこの村に驚いているらしい。
その目線の先にあるのは、ドワーフらの作った魔導具工場だ。
中では村人もドワーフも入り混じって、作業に励んでいる様子が伺える。
手前では生活道具の作成、奥ではクマベアたちの使う武器の作成が進められていた。
監督を任せたシンディーも、生き生きとして働いている。
「うぅむ、滅多にない光景だ。くわえて、変わったやり方をしておりますなぁ」
「その辺りは、ドワーフたちの知恵ですよ。パーツごとの分業制にしているんです。誰でも得手不得手がありますから」
「なるほど……! 素晴らしい。そういう意味で言えば、外のクマベア族の亜人も適材適所ですな」
「えぇ、彼らは見ての通り、屈強ですから」
売り物を扱う場所であるため、警備も厳重にしてあった。
工場の前を守るのは、クマベア族である。
いっそう逞しくなった体が、日差しを跳ね返して眩しい。
あれから、ドワーフやクマベア族の一部は集落へと帰っていった。
クマベア族の族長のクマリンも、今この村にいない。
けれど、よほどこの村での暮らしを気に入ったらしく彼らの一部はここに残ってくれた。
今でもこうして、大事な労働力となってくれている。
「ディルック様。では、また近いうちに、来させていただきます。魔導具は飛ぶように売れていますし、それに伴ってメンテナンス依頼も増えていますゆえ」
「よかった。聞けば、みんなもきっと喜びますよ」
「それにしても、メンテナンスを商売にするとは、ディルック様はお上手ですな」
「壊れたら全て買い換えるというのも、もったいないですからね」
俺は、営業スマイルで答える。
メンテナンス作業代を貰うことで定期的な収入を得られるのは、財政面で見るととても大きいのだが、そう正直に言うものでもあるまい。
その辺りの交渉の術は、側近だった頃に心得てあった。
「では、私どもはそろそろお暇させていただきます。今後とも我が商会をよしなに」
「えぇ、こちらこそ。そうだ、ここからは長旅になるでしょう。最後に、料理でも食べられていきませんか?」
「そこまでお世話になって、よろしいのですか」
「こちらから提案してるんですよ。ご遠慮なさらず」
来客への接待についても、手慣れたものである。
少しでも良い気持ちで帰って貰えば、次の商談がスムーズにいきやすい。
俺は、商人ら一団を屋敷の外れにある建物へと通す。
そこには、新しく食堂が構えられていた。
もちろん店主は、シャイすぎるあの子だ。
「いいい、いらっしゃいまへっ!」
……のれんをくぐるや、アリスの噛み噛みな声が聞こえてくる。そして、やっぱりだめだ、あたしなんて……、などとネガティブワードも続く。
最近やっと村人たちには慣れてきたようだが、見知らぬ来客を迎えるとなれば、そうはいかないらしい。
「な、なににされますか?」
姿を見せないまま、注文を取る。
「……店主殿はどうかされたのですか?」
「えーっと、まぁいつものことですから。でも、料理は抜群ですよ」
そのまま待っていると、少しして厨房の中から彼女は出てきた。
両腕いっぱいに器用に皿を乗せて、それらを速やかに配膳する。
「どうぞ! こちらは今日の朝一で獲れた鹿肉を、お米とスパイスで炊き上げた特製ピラフだよ! それから、その横はこの村で収穫したばかりのキャロットを甘く炊き上げたうえで、バターをまとわせて炙ったバター焼き。あとは――」
料理のこととなると、熱の入りようが違う。
商人らは、ついぞ先ほどの店主と同一人物とは思っていないようだが、あえて言うまい。
実際、アリスの料理は絶品だった。
「おぉ、これなら遠距離の移動も楽勝かもしれない!」
「すげぇ、なんだこれ。どこからか力が漲る!」
「そうでしょ! これは、テンマ村のお米とお野菜が美味しいからできてるんだよ! 料理は土から。しっかりと水捌けにも栄養の吸収にもこだわっててねーー」
アリスに熱弁を振るわれながらの食事時間となる。
その美味しさに、あまりに押せ押せなトークに、彼らは無事にペースを持っていかれたらしい。
食べ終わると、手を合わせて嘆願してくる。
「ディルック様、こちらの食材もお売りいただけないでしょうか!」
「構いませんよ。そのかわり、テンマのものだと強調して売ってくださいね。ブランド化したいと考えてますから」
俺はすぐに懐に忍ばせていた注文伝票を彼らに手渡した。
いつでも取引の用意がある。
「お任せください。これなら、魔導具と変わらぬ売り上げを獲得できるかもしれない。思わぬ収穫でした。遠方だが、くる価値大有りですなぁ」
「ふふ、それはよかった。そうだ、道中での食事に、携帯食料もどうです?」
ここで、可愛い顔がぐいっと割り入ってくる。
「携帯食料って言っても、あたしが作ったものはちゃんと美味しいよ!」
「で、ではそれも……」
「毎度あり♪ アリスの持ち歩きご飯、一つ500ペル!」
ものづくりも、農作も、それから商売も。
うん。古代文明の再現へ向けて、順調に進むことができている。

順調そのもの。そう思った矢先に、そのニュースはもたらされた。商人たちが去り際に、親切心で教えてくれたのだ。
「あいつが、アクドーが、隣町・ローザスの領主になったですって……? むむぅ、わたくし殴り込みをかけても!?」
「やめとけよ、シンディー。こっちから手を出す意味はないから」
たしかに驚くべきことではあったが、俺はすぐ冷静になった。
中央政権を追われた貴族が地方へ飛ばされるのは、よくあることだ。なにも、こちらが浮き足立つような話でもない。
「でも、ディル様の領地は広がったんですよね? ローザスと接する森も、中心にある細道まではこちらの管轄範囲なんじゃ……」
シンディーの心配は、確かに一理ある。
ゲーテ王の計らいだろう。
アクドーを捕獲した手柄により、俺の任される領地は大幅に拡大していた。
前は村周辺程度だったが、海際や森などが加えられ、土地の広さだけ見れば、もはや並み居る伯爵家と同程度である。
広がった分、アクドーの領地と隣り合わせになってしまったわけだが。
「大丈夫だよ。万が一襲われても、対処できる用意は進めているからね」
「……それって、お城計画のこと?」
「それもその一つだな。ちょうど様子を見に行こうと思ってたんだ。不安なら、シンディーも来るか?」
「はわっ、それってデートのお誘い!? はわわわ、もちのもち! はい、わたくし行きまーす!!」
誰もデートとは言っていないのだが、もう否定しても仕方なさそうだった。
頬を抑えて、きゃぴきゃぴと足を跳ねさせる。
腕に引っ付いて意地でも離れない彼女を連れて向かったのは、村の外周にあたる空き地である。
集落がある場所は盆地のようになっているため、少し標高が低い。
そこは一見、草原がただ広がるだけの場所だったが……
「シンディー! そこ足元、危ないわよ!」
「ふぇっ、なにっ!?」
そこにいた女性の鋭い指摘を受けて、シンディーは俺の腰にしがみつき、足を浮かせる。
「ディル様、穴です、穴!」
恐る恐る下を見てみれば、驚きだった。
そこには大きな落とし穴ができていて、底が見えない。
「なにしにきたの、二人とも。仕事の最中よ」
「まぁまぁそう言わないでくれよ、キャロット」
彼女は、最近召喚した少女であるキャロット・サンデー。
その昔、古代においては土木工事のプロだったらしく、城を作った経験もあるほど、彼女の腕は立つ。
男たちを指揮して仕事をしていただけに、やや人当たりは強い。
「これ、対侵入者用の罠か? ここまで精巧だと、気づかれようがないな」
「で、で、ディルック様!? あ、当たり前よ! 当たり前のこと褒められても、別になんとも……なんとも、ないんだからねっ!!?」
ただ、とにかく褒められるのに弱かった。
なんとも真っ赤な顔で、ぶんぶんと振り乱すは、ポニーテールに結んだオレンジ色の髪だ。
くるくると巻いた癖っ毛が、ぴょんぴょんとあちこちで跳ねる。
「キャロットさん! あんまり可愛くして、わたくしの主人を誘惑しては許しませんよっ」
「うちが可愛いなんて、シンディー! や、やめてよ、恥ずかしい。別にそんなこと言われたって嬉しくないし!」
「うぬぬ、なんて乙女なのっ。悔しいけどキャロットさん可愛い……」
二人の会話はだいたい噛み合わないが、おかげで平和そのものだ。
にこやかに眺めることができる。足元のどこにあるか分からぬ罠地を除けば、という条件付きではあるが。
「キャロット、それで調子はどうなんだ? 村の砦はできそうか」
「えぇ、もう少しで完成よ。土台はもうできてるし、罠も万全だもの。敵が踏み入ってきても、ここは針のむしろ。そもそも侵入させないための柵作りも、ドワーフたちと連携して揃ってきてるわ」
彼女が工具を手にしたまま指した先には、大量の柵が積まれてある。
「えへん、わたくしも手伝いました」
シンディーも、錬金術師として参加してくれていたらしい。
「いまのところは、順調よ。いずれ、この辺り一帯を、立派な山城にして見せるわ! あなたを守る立派な城を作る。そのためにうちは召喚してもらったんだもの」
彼女らが躍起になっているのは、テンマ城建築計画だ。キャロットを召喚した際に、有志で検討した結果、生まれた案である。
聞けば、古代においてキャロットが建築に携わった城は、かなりの規模感だったらしい。なんでも、城内に街を一つ内包するほどだったとか。
かつて存在したらしい高度文明を象徴するような、立派な建造物だっそうだ。
だとすれば、その古代城の建築は、古代文明の再現、さらにはその進化のためには欠かせないピースになる。
防衛面や拠点としての役割など機能面の便利さもそうだが、正直俺自身が見てみたいし、建築に携わってもみたかった。
「うん、夢があっていいな! 俺も、昔から城は大好きだ。城主になってみたいとは思ってなかったけど、憧れてるのには違いないな」
「うん、男の夢が詰まってるわよね、お城!」
女性であるキャロットが大胆に開けた胸元を揺らして言うのだから、矛盾している気もするが、ここは流しておく。
「なにか手伝えることはあるか?」
「あっ、わたくしもやりますわよ!」
「じゃあ、そこのたくさんの柵に『ねずみ返し』をつけてもらってもいいかしら? これで、下から攻めてくる敵の矢は中に届かなくなるのよ」
「「了解!」」
組み上げ作業は、錬金術のおはこである。
そして俺にとっても、錬金魔法は得意技になっていた。
シンディーと協力したこともあり、あっという間に作業が完了する。積み上がったのは、完成品の防御柵だ。
「ディル様、本当にお上手になられましたね?」
「そりゃあ、毎日のようにやってきたからな。今なら、こんなことだってできる」
俺はあたりの土と岩に錬金術をかけて、さくっと椅子を作り上げた。
ぱちぱちと、シンディーもキャロットも手を叩く。
自分でも成長を実感したのち、久しぶりにステータスを見てみれば、

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【古代召喚】
四千年前の古代を生きた者の魂を実体とともに、現代に復活召喚させ、従わせる。
 また、そのスキルと同等の能力を得る。

(利用可能能力)
・龍の神力 レベル4/5
・錬金術 レベル5/5(MAX……進化能力あり)
・調味自在 レベル3/5
・罠作成 レベル1/5……一度生成した落とし穴などの罠そのものの仕組みを、再現可能。また、罠をそれと気づかせない視認阻害魔法

・剣士の『気』 レベル4/5
・獣王の猛り レベル1/5

 領主ポイント 1500/5000

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錬金術は、レベル上限に達していた。
だが、表記を見るに、まだ上位のスキルもあるらしいから、ますます励みがいがある。
気分の乗った俺は、シンディーと一緒になって、キャロットの作業を手伝う。
「たしかにお城が完成したら、防衛はばっちりですね!」
終わる頃には、シンディーも安堵してくれていた。けれど、まだまだ対策はなにもこれだけではない。
「次は、剣士バルクのところに行こうか」