二章



生まれながらにして、人は恵まれたものとそうでないものとに区別をされる。それは理想論を語ったところで、どうしようもない、この世のことわりだ。
その例によって、アクドー・ヒギンスは今日もまた、公爵家の恩恵を存分に享受していた。
「僕が、あのカスと同じだなんて……」
ろくに身分のありがたみも知らず、アクドーはふてくされる。
王の側近を解雇させられ謹慎期間の三ヶ月を解かれたのち、彼には再び官位が与えられていた。
辺境地領主の職である。それは、数ヶ月前にディルックが与えられたものと同じものだった。
ただしそこは、公爵家である。
場所は、父に頼めば選ぶことができたため、あえてテンマとは広大な森を挟んで隣町であるローザスをアクドー自身が選んだ。
ローザスは、テンマよりは幾分開発が進んでおり安全度の高い土地である。
王都に魔物を侵入させる大失態を犯したことを思えば、その処分はかなり甘い。
背後に、権力者であるヒギンス公爵がいなければ、クビでは済まず処刑されていてもおかしくはなかった。
けれど、たとえ王であれ、それを言い渡すことは力関係などを鑑みれば、できなかったのだ。
しかし、驕り高ぶる彼はそんなことには気づかない。
「アクドー様、馬車の出発用意ができました!」
「ふん、遅いぞ! 僕を誰だと心得るか。早くしろ! ちゃんと警備はつくんだろうなぁ?」
「もちろんでございます。ヒギンス家直属の傭兵団が、道中も向こうでの生活にも身辺を警備いたします!」
「はっは、そりゃあ安心だ。ちゃんと働けよ、てめぇら」
真昼間の出立だった。
ヒギンス家は、公爵家の中でも強い権力をその手に握る今をときめく一族だ。
普通であれば、民衆や貴族らの見送りがあって然るべきところだったが、
「なんだ、誰もこないのか! この僕が王都を去るというのに」
「そ、それは……」
答えにくそうに口をつぐむ部下を前に、アクドーは舌を打つ。思い馳せるは、公爵令嬢のナターシャ・ウォーランドだ。
最後だからと手紙を送ったのだが、探すまでもなく彼女は来ていなかった。
数刻、未練がましく待つアクドーだが、一向に訪れる気配はない。
「あの、アクドー様。そろそろ出立をしたいのですが。お気持ちはわかるのですが、これ以上は待っても……」
「もういい。てめぇら、早く行け!! それ以上、なにか言ったら首はねるぞ!」
痺れを切らして、部下たちにこう指示をした。
誰に声をかけられることもなく、ただただ白い目を浴びせられて、王都の門を出る。
「ふぅ、やっと出ていったか。せいせいしたぜ、あの人の酒癖の悪さときたら酷かったしなぁ」
「俺は殴られて、物を奪われた事があるよ。傍若無人かつ尊大な態度、本当に耐えられなかった」
「公爵家の恥よね、あんな奴。私も口説かれたことがあったけど、速攻断ったわよ」
アクドーの去ったあと、街ではこんな声がひそひそと囁かれていた。
途中途中で豪遊をしながら、アクドーたち一行はローザスタウンへと入る。
到着するなり、彼は町の中心で宣言する。
「今日からこの町の領主様は、僕だ。従わないものは、どうなるか分かるなぁ? 僕は、ヒギンス公爵家の人間だぞぉ」
アクドーなりに、色々と考えた結果であった。
ただ、その答えが最悪の着地点を見たというだけのことである。
どうせ領主になるのだ。であれば、好き勝手に支配して、全てを思い通りにしたい。なんの考えもない、単純なる征服欲からの行動であった。
「さっそくだが、こんなボロい館は、僕の住む屋敷にふさわしくない。夜が来るまでに、建て替えろ」
「ふ、ふざけるな! そんなことできるわけないだろ!」
「……あぁん? 誰に向かって口聞いてんだ、てめぇ!」
アクドーは容赦なく、声を上げた住民を蹴りつける。
周囲の傭兵団に武器を抜かせて、その住民へと突きつけさせた。悲鳴が町から聞こえるが、アクドーはニタニタと口角を吊り上げ顔を歪ませる。
「さぁどうする? 命惜しけりゃ、早く取り掛かれ!!」
「は、はいっ!!!!」


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