♦
「本当なら、もう話が終わってる頃なはずなんですけどねぇ。遅いですね、あの紅葉の商会」
「あぁ、まったくだ。どうしたんだろうな」
テンマ村の開発こそ進んできたが、一歩外へ出れば、ここはまだまだ未開拓の地だった。
山や森といった緑だけに囲まれる単調な景色を見て、シンディーが退屈そうにあくびをする。
緊張の糸が切れるのも無理もない。もうかなりの時間、村のはずれで待ちぼうけを食っている。
待ち人は、メイプル商会のキャラバンだ。
前にボーリックシティで取り付けた商談のために、この村を訪れる予定である。
しかし、約束の昼頃をとうに回って、もう夕陽が落ちる頃合いになるというのに、まだ来る気配さえない。
「自信を持って売れるだけの代物を用意しただけに、もどかしいですなぁ」
立ち会ってもらうつもりで呼んだドワーフの族長・ドワドも、焦れったそうに歯噛みをする。
ただ待つのは、このあたりまでにした方がよさそうだ。
俺は魔力をいくらか消費し、仲間である伝説の生き物を空へと召喚した。
「白龍、少し頼んでいいか? 俺たちを乗せて、空を飛んでほしいんだ」
「うむ、吾輩に任せるがよい。久しぶりの出番ぞ、気合が入るというものよ」
三人とも、もう何度目かの飛行だ。慣れたものである。
その雄大な背に乗り、俺たちは地上を後にした。
王都からテンマへ来る際に使った細い街道を辿るようにして、空から探索を開始する。
「白龍、できるだけ高く飛んでくれるか」
「構わないが、それで見えるのか、我が主人よ」
「見えないけど、分かる。お前のくれた力も、結構使いこなせてきたらしいんでな」
意識を尖らせ魔力の糸を放てば、多少遠くからでも、気配を察知できる。
白龍と同等の力を手に入れるとは、人知を超えた能力を手にすることらしい。
「もうそこまで成長されているとは。はっは、さすが我が主人よ」
「あんまり褒めないでくれよ。まだまだだよ」
人を1000人くらいは簡単に隠せそうな森だ。
しかし、この力を使えばまるで草原のごとく全体が手に取るようにわかった。
異変を見つけたのは、森の入り口すぐのことだ。
馬車数台が、こちらへ向かってきている。
しかし、様子がおかしい。
やたらと、のろのろ動いている。すぐにでも止まってしまいそうな遅さだ。
「白龍、あそこに向かってくれるか」
「うむ、お安い御用だ」
俺たちはそこまで一気に急降下する。
メイプル商会の馬車であることを確認したうえで、進行方向前で召喚を解いた。
シンディーとドワーフ族長と三人、白龍から降り立つと、
「な、なんだ、今度はいったい!? 空から人が降ってきたぞ!!?」
突如姿を見せたものだから、引き手に妙な勘違いをさせてしまったらしい。
だが俺の姿を認めるなり、彼は体を逸らして声を上げる。
「でぃ、ディルック様!! なぜ、こんなところに!?」
「来るのが遅かったから、迎えにこさせてもらったんだ。なにかあったのかい?」
「あ、あぁ! やっと救いが来たんだ。実は、そちらに向かおうとしていたのですが、馬車を王都からずっと乗っ取られていて」
ここまで言ったところで、
「おい、遅いうえに止まってんじゃねぇぞ、クソ野郎!!! 下郎のごとく働けカス!!」
汚い吠え声が、それを遮った。
全身に鳥肌が逆立つような気味の悪い声は、よく聞き覚えがあった。
そいつは怒りに満ちた顔を、後方の馬車からのぞかせる。
はっきりその面を目にした時、俺は腹の奥からなにかが熱く煮え返ってくるのを感じた。
抑えようにも、湧き上がってくる。
「ふっはっは、ディルックじゃねぇか! こんなところで会えるなんて、手間が省けた。僕を迎えにでもきてくれたのかい?」
アクドー・ヒギンス、その人だった。