――そんな王の思惑など、つゆ知らず。
 暇を言い渡され、謹慎の身となったアクドーは、一人、とある計画を練っていた。賑やかなる王都も静まり返る深夜、彼は人目を盗んで屋敷を抜け出す。
 この時点で、王の意志に背いたことになる訳だが、彼にその意識はなかった。
 そのうえ、
「おい、お前ら! 大人しく、手をあげるんだ。僕が誰だか分かるだろう!?」
 罪なきキャラバンに剣を抜き、怒鳴り上げる。
 彼が襲い掛かったのは、メイプル商会が率いる馬車だ。突然剣を向けられた商人らは、なす術を失って、アクドーの言う通りにする。
「ふっはっは、それでよいのだ。底辺商人どもめ」
 全員をひれ伏させて、彼はそれを御満悦げに見下ろした。
「アクドーさま……! ご、ご要求は……?」
「僕は安全かつ速やかに、テンマという場所まで行きたい。そこで、僕の配下に加えたい奴がいるのさ。貴様らも、そこまで行くのだろう?」
「な、なぜそれを知っておられるのですか」
「そりゃあ僕は、天下を統べる王の側近様だぜ? それくらいの話は、耳に入るんだ。ひっひっひ!」
 
 ろくに仕事はしなかったアクドーだが、こと得た情報の悪用に関しては、すぐに頭が回った。
「雑魚商人ども。このキャラバンはこれから、僕の護送車だ!! この紅葉の旗は、このアクドー・ヒギンスがもらった!」
 狙いはもちろん、ディルック一人だ。
 彼がいた頃は政治も経済も、うまく回っていたというのなら、連れ戻せばいいだけの話。
 そう考えたのだった。
 ただし、王の側近はあくまでアクドー自身である。
 ディルックを子分として自分の影におき、ひたすら働かせるというのが、彼の目論みだった。
 そうすれば、自分は労せずして失地を回復し、再び権力の蜜にありつける。
(あいつは仕事人間。喜んで、すぐに飛びついてくるだろうよ……! へっへっへ)
 聞くによれば、テンマはとんでもない危険地とのことだ。領主に任命されたものが逃げ帰ってくるような場所らしい。
 どうせディルックも散々な目にあっているだろう。
 交渉するまでもないかもしれない。
 むしろ、あのディルックに泣き付かれるんじゃないか。憎き男が自分に縋ってくる姿を思い浮かべると、もう堪えきれなかった。
「ふっ、ふっはははは………!!!!」
 我ながら完璧な計画だ。
 奪った馬車のなか、アクドーはつい高笑いしてしまう。
 夜の王都にそれは、むなしく響き渡ったのだった。

 道中のアクドーは、めちゃくちゃな要求を商人らへ強いた。
 売り物の食料を勝手に我が物扱いで食い荒らし、自分に逆らうものがいれば容赦なく剣を抜き首に刃を押し当てた。
 それでも、商人らは誰にも助けを求めることができない。
 彼らを怯えさせたのは、その背後にちらつく強大な権力だ。
「僕の命令を聞かなかったら、君たち一族を根絶やしにすることだって簡単なんだぞ?
 さぁ早くテンマへ行け! 貴様らのような下っ端商人に休みなどない!」
 それを全力で振り翳し、アクドーは完全にそのキャラバンを掌握していた。
 逆らったものを縛り付けにし、彼らから全ての武器を取り上げる。
 息苦しそうに悶える商人の髪を引っつかんで、アクドーは世にも汚い笑みを見せた。
「貴様らは、ディルックへの人質にしてやる。もしあのカスが、僕の配下につかないというなら、貴様らの命がどうなるか分かるなぁ? ふふ、ふははっ、はぁーっはっ!」
 これで、なにもかもうまくいく。
 一切の曇りなく、アクドーはそう本気で思っていた。
 テンマへと向かう一歩一歩が、終わりへと近づく道とも知らず。