「なぜ魔物の侵入を許した。至急対応するよう伝えていたはずだが」
 穏やかなる王と呼ばれ、滅多に怒らぬゲーテ王。
 しかし今回ばかりは彼も、湧き上がる憤りを抑えられていなかった。
 厳しい王の眼差しで、広間に呼びつけたアクドーを見下ろし威圧する。
 五十を超えても、その眼力は衰えていなかった。慄いたアクドーは、へこへこと頭を下げる。
「た、たいへん申し訳ありません! 部下どもが無能で、魔物侵入の件について話が上がってこず……」
「残念だが、アクドー。お主がろくに仕事もせず、昼間から飲み歩いていたことは、街の衛兵らから報告を受けておる」
 ゲーテ王にしてみれば、見え透いた嘘でしかなかった。
 それ以外にも、彼の悪評はさまざまな場所からもたらされていたのだから。
 直属の部下たちは、彼の横暴ぶりを涙ながらに訴えてきたし、ウォーランド公爵家のナターシャ令嬢からも「アクドーに付き纏われて困っている」と被害の陳情があった。
 挙げればキリがない。
 
 ただしアクドーは、有力貴族・ヒギンス公爵家の出である。これまではその名前があるため、見て見ぬふりをせざるをえなかった。
 今回大きな問題が起きたことにより、やっと処分を下せる段になったのだ。
「アクドー、お前には一ヶ月の暇を与える。その期間に、これまでの全ての言動を見直すのだ」
 犯したミスを思えば、かなり甘い処分である。
 普通なら、即刻クビだろう。
 しかし、ヒギンス公爵家との関係を考えれば、これが現時点での限界だった。
「なっ、王城にひと月も来るな、と言うのですか!? そんなこと、僕の父が許すはずが」
「ヒギンス公爵の許可なら得ておる。もう下がれ、アクドー。今お前のことを見ていると、どうにも腹の虫が騒ぐのだ。早く去れ」
 それ以上の言い訳を寄せ付けぬ物言いに、アクドーは広間を後にする。残されたゲーテ王は、眉間に皺を寄せて天を仰いだ。
「……ディルックよ」
 頭に思い浮かぶのは、ともに酒を酌み交わし、時には意見を言い合った元側近の顔である。
謀反を企てた罪により、ゲーテ王自らが左遷を言い渡したため、もうここにはいない。
 その謀反の疑惑は、いまだに信じられないことだった。
 つい前日まで、自分とディルックには信頼関係があると思っていたからだ。
 けれど、重臣であるヒギンス公爵家から確かな情報だとリークされれば、王として信じざるをえなかった。
――それに、なにより。
 ディルック・ラベロの才能を知っていたからこそ、「もし事実なら」と考えれば怖かったのだ。
 彼には、あらゆる才能も人望も人を統べる力も、その全てが備わっていた。
 いわば、覇王の資質があったのだ。
 ゲーテ王自身も、何度も彼の才には驚かされたものである。
 そしてまた、それでも驕ることなく努力を怠らないディルックに畏怖すら覚えていた。