俺は、ちらりと物陰を見た。


 そこは、さきほどアリスが逃げ込んでいった場所だ。

 恥ずかしくて出ていけはしないが、味の反応は気になっていたらしい。ついさっきまではずっと、こちらを窺い見ていた。

 だが、今はその姿が見えない。

「アリス、どうかしたのかー。ついに緊張が限界を迎えた、とか?」

 俺が彼女を探して、屋敷の裏手へ行くと、アリスはそこでしゃがみ込んでいた。

 だんだん暖かくなってきて高く茂る雑草の中に、その身は隠れている。

 いや、少し様子が違うようだ。

 どういうわけか、雑草の穂を食い入るように見つめていた。

「それがどうかしたのか?」

 声をかけると、やっとこっちに気づく。一回びくっと跳ねてから、彼女は胸を押さえながらか細い声で言う。

「立派にお米が生えているので、つい。この村は、素晴らしいなと思いまして」
「……おこめ?」

 この雑草のことだろうか。

「そ、そう、これのことだよ。食べると、また麦と違って、ほくほく甘くて美味しいんだぁ。
玄米のまま食べると栄養豊富だし、脱穀すれば、魅惑の白米。……あぁ今すぐ炊きたい」
「え、これ食べられるのか? 雑草じゃなくて?」
「……えっ」

 束の間、沈黙が流れる。アリスは、俺の肩をしっかりと掴んだ。細い腕で必死に揺すって、

「4000年後ではお米食べてないの!? もったいない、もったいない! これさえあれば、主食は万全なくらいの優秀な食材なのに!」

 と訴える。

 豹変しすぎである。その声は、さっきまでうじうじ陰に隠れていた少女とは思えぬ大声だ。

 なにごとか、と村人の一人がやってくるまで、彼女の熱弁は続いた。

 百聞は一見にしかずとはよくいったもの。

 すぐ屋敷に戻って、俺はアリスにお米というものを炊いてもらう。

 碗によそわれた、お米とやらの白さに、俺はまず目を奪われた。
その甘やかな香りに、つい目を閉じてしまう。