馬車は、俺と荷物だけを乗せて、まるで人気がない森の中をしずしずと進んでいた。

夏も近い季節だ。
植物たちの勢いは、いまや盛りを迎えている。おかげで空気はむわりと湿気ており、肌にじわりとまとわりついてくる。

嫌な感覚はそれだけではない。

「このあたりは瘴気が充満しているらしいな……」

瘴気とは、魔素を含む濁った空気のことを言う。
特定の場所から漏れ出すもので、その空気は魔物を引きつける厄介な特徴を持つ。

さっきから、それがあたりに充満し続けているのだから、雰囲気はずっと不穏な物だった。

空は綺麗な夕焼けだというのに、なんとなく空気が重い。

もうテンマ村は近いはずだが、村は無事なのだろうか。

まだ見ぬ領民たちの身を案じながら、俺は念のため、剣に手をかけておく。

「ディルック・ラベロ様。もうすぐ、テンマ村に着きますよ」

到着を告げた御者の声と、耳を刺すような悲鳴とはほとんど同時のものだった。

すぐあとに、人ならざる唸り声がしたから、誰かが魔物に襲撃されたのだろうか。