辺境の地・テンマ。

文官だった頃から、その存在は知っていた。

あまりに辺境にあることや、他種族も多く住むこともあって、広々とした辺り一帯が国の支配が完全には行き届かぬ土地なのだとか。

俺が赴任することとなったのは、一応は管轄下にあるらしい、小さな村とのことだった。

しかし、あまりに過酷な環境に前領主は逃げ出してしまって以来、後任はいなかったというから恐ろしい。


そこは、王城のある都からはあまりに遠い。

馬車を使っても、二週間以上かかる距離だ。
海と山に囲まれた場所にあり、交通の便がとかく悪いのである。

そこまでの遠出となると、まともな運送屋はほとんど受けてくれなかった。

そういう訳で仕方なく、俺はボロボロの馬車に揺られている。


王都とは、悲しい別れだった。
とんだ濡れ衣だとはいえ、罪を背負い王都を去る身だ。
なにも言わず、ひっそりと夜中に去るつもりだったのに、

「本当に行っちゃうんですか!? あなたのような素晴らしい文官がなぜ……!」
「いつも、本当に助かってたのに。民の声も聴いてくれたあなたがどうして」

「あぁ、私も連れていって欲しかったなぁ。お嫁さんにして欲しかったのに」
「また酒飲もうって話してたのによぉ! ディルック様ぁ、どうしてぇ」

だなんて惜しんでくれる人が、騒ぎになるほど集まっていた。おかげで衛兵たちににらまれてしまったほどだ。

交流のあった、由緒正しき名家・ウォーランド家の公爵令嬢であるナターシャもお忍びでやってきて、

「絶対また会いましょうね、ディルック様。そのいつかを信じて、待っています」

と涙を浮かべてくれていた。

無の令嬢。

そう呼ばれるほど、普段の彼女は感情をなかなか表に出さない人だ。そんな彼女が俺などのために泣いてくれたのだから、思い返しても胸が熱くなる。

――だが、そんな彼女の声も今は遠く。