【コミカライズ9/23〜】追放貴族は、外れスキル【古代召喚】で英霊たちと辺境領地を再興する ~英霊たちを召喚したら慕われたので、最強領地を作り上げます~

いずれにしても、これで詳細な場所も分かった。

俺はさっそくシンディーとともに、海を目指すことにする。

「ねぇディル様。今は、真っ昼間ですけど、どうやって洞窟まで行くんです?」

腕を後ろ手に組んで、ひょこっとこちらを覗き込むシンディーの疑問は、もっともだ。
けれど俺だって、なんの考えもなしに動いているわけではない。

村と十分な距離を取ってから、俺はそこで【古代召喚】を使用する。
魔力を相当量消費するが、仕方ない。

呼び出したのは、雲よりも白い鱗を全身に纏った白龍だった。本当にポイント消費なしに呼び出すことができて、ほっとする。

「思ったより吾輩の出番が早かったのう、主人よ」
「あぁ、ちょっとね。本当ちょっとしたことだ」
「ふん、どんな雑用でもかまわんさ。主人に尽くせるのなら」

雄大に翼をはためかせると、それだけで風が巻き起こる。シンディーが、「きゃっ」と短い前髪を抑えていた。

こんな仕草まで、徹底されている。

「おぉ、シンディーを召喚しておったか。有能だろう、彼女は」
「あら! ディルさまの前で褒めてくれるなんて、ありがたいですね。もっともっと褒めてくださいな、白龍」

4000年前から来たもの同士、シンディーと白龍は顔見知りだったらしい。
少し三人で話を交わしてから、俺は白龍に事情を伝える。

「ふむ、この盆地から海辺の洞窟までか。吾輩に任せるがよい。主人らを運ぶくらい、簡単なことだ」

すぐに翼を下ろして、俺たちをその背に乗せてくれた。

飛ぶことなどもちろん初めてだったが、白龍の背中は安定していたので、快適な飛行時間だった。

むしろ、そのまま海を渡れそうなくらいだったが、それはまた別の機に取っておく。

空から行ってしまえば、引き潮だとか満ち潮だとかは、もはや関係なかった。

俺たちは直接、洞窟へと辿り着く。
入り口の広さによっては、そのまま白龍に蹴散らしてもらいたいところだったが、そうまで都合良くはない。

数人通るのがやっとの狭さだった。

中は危険地に違いない。俺はシンディーには外で待っててもらい、中へと立ち入る。

「だ、誰だ!? まさか侵入者か!?」
「お前らか、村から物や人を奪う悪党ってのは」

剣に手をかけながらの俺の問いに答えたのは、奥から現れた賊長らしい男だ。
昨日、襲撃してきた連中と同じ身なりをしている。

「ここがよく分かったなぁ。誰だ、テメェは」
「答える義理はないだろ」
「だったら入ってくんじゃねぇよ。突然やってきて、よそ者が文句あるのかァ?」
「……なかったら、こんなところには来てないっての。それに、もう俺もここの人間だ」
「ふん、綺麗事が好きらしいな。弱いものが搾取されるのは当たり前のことだろ、バカめ!!」

そいつはケタケタと大笑いしはじめた。洞窟内に反響して、耳鳴りへと変わる。

剣を抜いた手に、つい力が篭った。


村人たちの苦しい生活を思うと、唇を噛まざるを得ない。善良な彼らが、不法の輩に搾取されるのは間違っている。

こういう輩を許してはおくわけにはいかない。弱いものを守れてこその強さであり、それが領主たるものの使命だ。

「野郎ども、こいつをやっちまえ!! 生かして帰すなよ、ワテらの悪事がばら撒かれちまう。まとめてかかれ!」
「やられるかよ。こっちは、新米領主。早く帰って、やらなきゃいけないことが山積みなんだ」

一対多数、しかも敵の陣内。
状況こそ不利な立ち回りだったが、結果としては圧倒的だった。

白龍の火を纏った剣、それも王を守るためのラベロ流剣技をもって、敵となるような相手ではない。

あっさりと、一味すべてを薙ぎ倒すことに成功する。

「お、お前、いったい何者なんだ!? 強い、強すぎる」

リーダーの男は、水の溜まった地面に這いつくばりながら、呟きを漏らす。

「そうだ、ワテらのリーダーになってくれよ! な!? 稼げるぞ、この仕事は! お前ほど強ければ、誰でも攫うことができる! 人を売って、一生ウハウハ生活だ! どうだ、いいだろう? そう思わないか!?」

あろうことか、こんな話を持ちかけてきたので、首に手刀を打って意識を落としておいた。事に片がついて、俺は頭をかく。

「なに言ってるんだ、俺はここの領主だっての」

そこへ、シンディーが中へと入ってきた。

「早かったですね、さすがディル様! なにか喋ってたんですか?」
「ううん、大したことじゃないよ」

賊の始末を終え、俺たちは基地内を奥へと進んでいく。
奪われたのだろう食糧や物資が、山のように積まれていた。

ざっと数ヶ月分くらいはあるかもしれない。小麦や野菜も豊富に蓄えられていた。
そして、それだけではない。

「……まさか攫われた人たち?」
「まぁ! それも、結構な人数がおりますね?」

突き当たりの窪んだ空間には何人もの人が括り付けられていた。
ざっと、二十人近い数だ。

さまざまな者がいて、中には明らかに背の低い小人族・ドワーフや、反対に俺たちより頭三つ分以上も大きい獣人などもいる。

毛深く太い腕や、頭の上の特徴的な丸耳を見るに、クマベア族で違いない。

彼らのような人に似た存在は、総称して「亜人」と呼ばれている。
かなり久しぶりに見る存在だった。
どちらも今では数が減り、人里離れて暮らす種族である。最近では、人との交流もあまりないはず。

「みなさん、今縄と手錠を解きますからお待ちください」

だが、俺の言葉に、

「おぉ、本当か! 助けがくるなんて奇跡だぁ~! 信じられねぇ」
「ありがとう、ありがとうっ。これで村に帰れる!」
「恩に着ますぞぉ、兄貴ぃ!」

この瞬間ばかりは、種族などに関係なく解放を喜び合っていた。

この劣悪な環境のなかで拘束されていたのだ。ろくに食事や睡眠もとれていないにちがいない。

身体は相当疲れているだろうに、みな揃っておいおいと泣き叫ぶ。よほどの悲願だったらしい。

聞けば、さまざまな場所から連れ去られて、ここに放り込まれたらしい。
売られるのを待つ身の者や、下僕として小間使いさせられていた者もいたそう。

全員の拘束をとき終える。
すると、まさかの全員土下座で頭を下げてくる。身体を起こしたドワーフの男が言うには、

「あんたは、おらたちの命の恩人だ。なにか手伝えることがあったら、なんでもしまさぁ!」

とのこと。それに、その場の全員が賛同した。

「でも、元の住まいに戻らなくていいんですか?」
「ふっ、恩返しもしねぇで戻れませんよ。同じドワーフたちに顔が立たねぇ」

この意見にも、反論は出なかった。

どうやら、義理堅い人たちのようだ。
本当なら、その気持ちだけを受け取り、辞退するのが美しいのだろう。なにも恩を返して欲しくて、彼らを解放したわけではない。

けれど、体裁にこだわっていられるほど悠長ではないのが、今のテンマ村である。

「なら、村の整備をお願いしたいです。少し、いや、かなり荒れてまして」

一つこれだけは、どうしてもお願いしたかった。
人手としても、技術力や戦闘力としても、彼らは頼もしい存在だ。

「そういうことなら、おらたちが力になりますよ! ドワーフは、ものづくりが得意なんでさぁ!」

と、まず了承をもらう。一方クマベア族の方はといえば、

「俺らだって、手を貸したいのはやまやまだが、村人たちに怖がられないだろうか」

腕を、獣のそれに変形させてみせ、やや顔を俯ける。
至極、当然の考えだった。
種族にもよるが、獣人は基本的に人間よりも高い身体能力を持つ。
中には凶暴な種族もいるので、その力を過度に恐れている人間は多い。そのため、獣人であるというだけで、入ることすら許されぬ街などもある。

「そこは、どうにか説得しますよ」

けれど、俺が領主となったからには、その偏見は取り払いたかった。
俺自身が『外れスキル』と扱われ、迫害されてきたこともある。

そもそも俺は、亜人だからと下に見て差別的に扱う考え方には昔から反対だ。全員が全員、凶暴だなんてあるはずがない。

「彼らなら大丈夫さ。一緒にこの牢獄のような場所で苦しんだ仲だから、分かるんだ」

同じく捕まっていた人間たちも、こう太鼓判を押してくれる。

それが、クマベア族の心を動かしたらしい。リーダーらしい男は、目に涙を浮かべて拳握る。

「そういうことなら……。警備でも力仕事でも、なんでも任せろ!」
「おう、なにせあんたには今回だけで、返しきれねぇ恩を受けたんだ」

うん。一気に、人手が増えそうだ。
二人で行って、大勢で帰ったのだから、村人たちに驚かれるのも無理はなかった。

多量の荷物と、たくさんの人、普通なら一度に運べるものではないが、そこは伝説的存在である白龍だ。

シンディーっぽく言うなら、「余裕のよい」だった。

「え、お父さん、お母さんっ!!」

開放したものの中には、テンマ村で暮らしていたものも多かった。

この間、妹と二人でコボルトに襲われていた女性の両親も、その中に含まれていたらしい。

奴隷としての買い手がなく、賊たちの召使いをさせられていたそうだ。

「領主様、父と母を本当にありがとうございますっ。私は、一生この恩を忘れませんっ」

その女性は涙ながらに俺の手を握る。首を振って答えながら、少し胸が熱くなった。

「……わ、わ、わ、わたくしより先にディルさまの手を!?」

と、シンディーが妙な対抗心を抱くが、彼女はそれを気にしない。

両親と同じく捕まっていたドワーフやクマベア族にも礼を言って回る。

まるで怖がる様子がなかった。

特殊な状況下ということもあってか、種族間の軋轢も今のところはないらしい。

単に、解放の喜びを分かち合っていた。

俺はその輪に混じらず、冷静になって俯瞰する。人が増えたことは大変喜ぶべきだが、問題もある。

「家、どうしようかなぁ」
「ディル様、ディル様! わたくしがいますよ」

いや、それはいけない。

かなりの人数が帰ってきて、かつ他の種族まで仮とはいえ、この村に留まるのだ。

そんな量の家を錬金なんてすれば、シンディーがまた過労で倒れてしまう。

文官も、側近の職も、かなりの重労働だったが、俺は部下に無理な仕事は強いたくない。

「領主様、それなら任せてくだせぇ! おらたちは、ものづくりはこの身についた職でさぁ」

そこへ話しかけてきたのは、ドワーフの男だ。髭面をにししと緩ませて、

「少しの家くらいなら、日の沈む前までに作ってやりますよ。ちょっとした仮の家さ。どうですか、領主様」
「えっ、そんなことまでできるんですね」
「ははっ、あたぼうさ。おらたちの血には、ものづくりが染み付いてんのよ」

なんと頼もしいのだろう。

ドワーフの彼が手を差し出してくるので、俺は握手を交わして、そうしてくれるよう頼む。

「もし夜までかかるようなら、俺たちが見張っててやるぜ! あの賊には卑怯な手を使われ、不覚にも捕われたが……少しは腕も立つのさ」

と言うのは、熊のような耳を頭に生やしたクマベア族。

低く唸るとともに、力拳を作ってみせる。たしかに、筋肉隆々かつ剛毛で、頼りになりそうだ。

「でも、あんな風に捕まってて疲れてないですか?」
「領主様。あんたが助けてくれたときに、そんなもの全て吹き飛んださ! それより俺は、あんたの力になりてぇんだ」

いい仲間に恵まれたものだ。
なんとかうまくいくかもしれない。気分よくそう思っていた矢先、

「ディルさまぁ。なんで、わたくしもできるのに、というか本領発揮すべき場所なのに、なんで……」

シンディーだけが露骨に落ち込んでいた。

肩を落として、まるで霊かのようにどろーんと髪の後ろに顔を隠す。

「シンディーに、無理してほしくないからだって。それに、あぁいうのはみんなで作る方が団結力も上がるだろ」
「……そうですけど。じゃあ、わたくしにもなにか任務をくださいな!」
「んー。なら、一緒に街へ行こうか。まだ少しやりたいことがあるんだ」

ぱぁっと表情が晴れあがる、ほんとに!? ほんとに、ほんとですか! と声が上ずっていく。

行きます!!! との答えは、挙手とともにすぐに返って来た。
「久々に街らしい街を見た気がするなぁ」
「へぇ、これが4000年後の街ですか! こんなものを見られるなんて、わたくし感激ですっ。へえ、面白い建物もありますね」

馬車で行っても、テンマ村からは二日、歩いたならば約一週間。

村から最も近場にある街、ボーリックシティまでは、そんな途方もない距離であったが、白龍に乗ればものの数刻だ。

険しい山も川も厭わず、彼はなんのそので越えていった。

「でも、なんというか。わたくしたちの時代とは、また少し違った趣ですね。もう少し、街全体の開発がされていたような気がします」
「そうなんだ? でも、今の時代だと、これはかなり進んでいる類に入る街なんだけどな」

とくに、地方の中では目立って発展している都市の一つである。
その証拠に、きちんと警備隊が配備されており罪人の収容所もあった。先ほどそこへ、捕えた蛮族達を引き渡したばかりだ。

予想外だったのは、彼らが札付きであったことである。

田舎で捕まえた者を、この街で、奴隷として売っていたらしい。

警備隊もかなり手を焼いていたようで、思いがけず、たっぷりの報奨金を手にしていた。

「じゃあ、とりあえず街歩きでもしますか? わたくし、旦那さまとのデート憧れてたんです! せっかく、お金もたくさんもらえたことですし♪」

シンディーは半ば踊るようにして、俺の少し先を行く。

とても、とても機嫌がいいらしい。

右足を軸に小さく飛ぶと、くるりと反転して腰をかがめ、手は胸元に寄せてピースマークを作る。

この、とんでもなくあざとい仕草に加え、心もとない広さの生地である。

周りの男どもの視線を一瞬でかき集めていたが、彼女の興味はあくまで俺だけのようだ。

じっと、期待の揺れる目で、こちらをみつめてくる。

「シンディー。それもいいけど、ちょっと行きたいところがあるから後にしような」
「はーい。わたくし、ディル様の行くところなら、どこへでも!」

俺の腕に引っ付いてきて、今度は鼻歌を歌いはじめた。
機嫌は相当いいようだが、その視界はかなり狭まっている。

くだんの男たちが残念そうに

「なんだ、旦那持ちかよ」
「羨ましい、羨ましすぎて、あいつらが眩しい、ちくしょう」

などとため息を漏らしていたのも、彼女は気づいていないらしかった。

……あと一応言っておくけど、旦那じゃないよ?



ここへきた目的は、人さらいたちの引き渡しのほかに、もう一つあった。

いや、そちらが本命と言っていいかもしれない。

俺とシンディーは、商人街へと出て目印となる紅葉紋の旗を探す。

数多いる商人の中でも、一際大きく目立っていたため、それはすぐに見つかった。
折を見て、商人に声をかける。

「私、ディルック・ラベロという者ですが……」
「なんと、これはこれは。ディルック様じゃありませんか!? おぉ、お久しぶりでございます!」

どうやら、俺のことを知ってくれていたらしい。
彼らは、『メイプル商会』という商人集団だ。国中を股にかけて、その商いを展開している大きな組織である。

王都にいた頃は、政策の連携などの関係から、親密にさせてもらっていた。

「知ってもらえていたとは、光栄です」
「そりゃ、もちろん。商人にも好意的な文官様、それも王の側近でいらっしゃる方ですから! ボスにも、名前は何度も聞いておりますよ」

まだ俺の罷免は、地方まで伝わっていないらしい。
悪気がないのは分かっていたので、言いにくいながら、事情を伝える。

「こ、これは大変失礼しました!」

途端に眉を落として、恐縮してしまった。
それから、物悲しそうに西日の差し出した空を見上げる。

「しかし、そうですか……。王都で蔓延っていた粗悪品を一網打尽にしたり、規制緩和をかけあってくれたあなたのような方がいなくなるとは国も惜しいことをする」
「はは、それは買い被りすぎですよ。今は辺境の小さな村の領主ですから」

おっと、そろそろ世間話も終わりにしなければなるまい。
昔話が長引いて日が暮れきてしまうと、厄介だ。