(……やはり僕のような身分の高いものには、ぴったりの美しい女性だ)
彼女の美貌に見惚れつつ、アクドーはナターシャの返事を待つ。
これまでは断られ続けていたが、今度は自信があった。なぜなら、王の側近へと昇格していたためだ。
不相応な地位が、彼に無謀な勇気を与えていた。
しかし結果は、
「何度も言っているでしょう。あなたとの婚約は、父を通じてお断りしております」
今回も取りつく島がなかった。
心底冷え切った声で、彼女はそれきり口をつぐんで行ってしまおうとする。
「ま、待てよ、ナターシャ。僕は公爵の息子というだけでなく、ゲーテ王の側近でもあるんだぞ!」
「……だからなんだと言うのです?」
「僕は知ってるんだぞ。君が、あの謀反人・ディルックと親しくしていたのを! あれは、あのカスが王の側近だったからではないのか!?」
はぁ、とため息がつかれる。
ナターシャは呆れが多分に含まれた視線を、アクドーへと向けた。
「私は、ディルック様の地位など初めから気にしていません。彼がとても誠実で素敵な方だったので、お慕いしていた。この身を、心を救われたが故に慕っていた。ただそれだけのことです。本当は、ついていきたかったくらい。低俗なのは、あなたの方では?」
「な、なにを言う! あんな小賢しいカスのどこに惚れたと言うのだ。ましてや、ついて行きたかっただと?残念だが、あそこは魔境! あのカスは今ごろ、どんな痛い目見てるだろうなぁ!! 野垂れ死にしてるかもしれねぇ」
縋り付くように、思いついた罵詈雑言を吐き捨てる。
しかし、その予想は大外れもいいところ。
テンマ村が危険な場所であるのは確かだ。
けれど、ディルックは生き残っているばかりか、スキルの真の力に目覚めその秘めた能力を覚醒させていた。
もちろん、そんなことをアクドーが知る由もない。
「どうだ、心変わりしたか? 分かったら、僕の妻になるんだ」
折れずにこう誘いをかけるが、「もういいでしょう? 早く仕事に行きなさい」とナターシャは話を切り上げた。
「あの者を金輪際、屋敷に通さないように」
こう使用人に言いつけ、屋敷の奥へと姿を消した。
絶句せざるを得なかった。
(この僕ではなく、あのクソ田舎貴族の外れスキルのカスを慕っている……だと?)
堪えようのない怒りが腹の底から沸き起こり、くつくつと煮え返る。
ありえない、ありえない。だんだんと頭に血を昇らせるが、お門違いな怒りだった。
スキルなどは関係ない。そもそも初めから恋愛において、アクドーに勝ち目などなかったのだ。