正直に領主だと話して、警戒されたり、気軽に話を聞けなくなっては困る。

手のひらの裏でむぐむぐと言う彼女に代わって、俺は店主に笑顔を向けた。

「少し所用がありまして。人が少ないようですが、客足はいつもこれくらいなのですか?」
「あぁ最近はもうずっとそうだねぇ。
 前の領主があらゆることに税をかけるから、もうめちゃくちゃさ」

窓を直せば修繕税、商人ギルドに入れば取引税、店を開ければ開店税ーー。
どんな商売をしようにも、税をかけられていたそうだ。

「……相変わらずサイテーですね、あのアホは」

シンディーは吐き捨てるように言う。
口さ悪いが、その気持ちは店主さんも同じらしい。

思う通りに情報を引き出すことができたのだけど、

「まったくさ! 奴ときたら商人ギルドでもねぇ……っと、この話はここまでにしとくれ」

もっとも知りたいことが話題に出たところで、話は打ち切られてしまった。

「ギルドがどうかしたんですか」
「悪いけど、その先は答えられないねぇ」

老婦人はそう言うと、それまでとは打って変わり表情を固くする。

となれば、ここは引くしかなかった。

商人ギルドに今もなにかしらの曰くが残っているらしいことが分かっただけでも、とりあえずは収穫があったと言えよう。

「昔はこの通りももっと栄えてたのですか?」

俺は、それとなく話題を切り替える。
すると一度は消えてしまった店主の熱弁が、空気を取り込んだ火のごとく息を吹き返した。

「まぁねぇ。この酒場も、飲食店街もそこそこに栄えていたさ。うちなんかは亜人を受け入れていたから、夜中まで客が絶えなかったもんだよ」
「そうですか、今とは大違いですね……」
「私は商店街組合の会長なんだけどねぇ。ここまでとは想像もつかなかったさ。
 新しい領主になっても、一度離れた客足ってのはなかなか戻ってないのが現実だねぇ。ここもいつまで持つやら」

老婦人はここまで話すと、カウンターの奥へとゆっくり引き返していく。
くの字に曲がった背中には、哀愁が漂って見えた。

眉を両端に下げて、シンディーが言う。

「……ディルさま、どうにかなりませんかね。わたくし、このままここが潰れるのは嫌ですわ」
「それは俺も同じ気持ちだよ。他の店だって一生懸命に営業してきたのに、アクドーのせいで潰れるなんてことがあったら寝覚が悪いな」

悪を暴いて正すだけが、領主としての仕事ではない。
傾いてしまった経済を立て直し、民に活気を取り戻させることも大切な仕事の一つだ。

俺は少し対処法に頭を巡らせる。
こんな時にどんな選択肢を取ればいいかは、元文官としてしっかりパターンを心得ていた。

王都での政策実施経験もあるから、すぐにそれは思いついた。

俺は、シンディーにだけ耳打ちで伝える。

「それ、いいかもです! さっすがわたくしの旦那様。今日も冴えてますね」
「いつものことだけど、褒めすぎだっての」
「だって本当に思ったんですもんー。あ、本当に思ったと言えば声も素敵でとろけそうでした、やんっ♡」

……なぜか両頬を手で覆って、肩を左右に揺すっていた。

とにかく、賛成と捉えてよさそうだった。