六限の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 教卓の前でつい先程まで古文の言葉遊びや美しさについて熱弁していた先生は、そさくさと教室から出ていった。

 途端に賑わいをみせる教室で、私は小さな溜息を溢した。誰にも聞かれないようにひっそりと。周りのクラスメイト達が帰り支度を始める中、私は未だに黒板に視線を置き続けていた。ぼぅっと、書き込まれた日付けをみて、思わずスカートの裾を両手でぎゅっと握りしめる。

 あれから、二週間が経った。
 鮎人のお母さんが天国へと旅立ってから、あの日から、鮎人は変わってしまった。

 最初の一週間こそ、憔悴しきった様子で触れるだけで壊れてしまいそうな程に弱々しくみえていたが、今週に入ってからは何も知らない人からすれば、普段通りの鮎人に戻っていた。

 でも、私には鮎人が無理をしているようにしかみえなかった。友達と話す時は自然な笑みを浮かべ、ふざけた冗談を口にして、鮎人の周りにはいつも人で溢れている。

 でも、時折みせる切なげな表情が、瞳の奥にみえる心が、誰かに助けを求めているように私にはみえた。

 だから、この二週間私は彼女として精一杯やれるだけのことをやろうと、鮎人が元の日常に戻れるように尽くしてきたつもりだ。

 だけど、私の想いとは裏腹に鮎人はあの日以來、私に笑顔を向けてくれなくなった。

 一体私が何をしたんだろう?

 疑問だけが膨らんでいくばかりで、私の心に晴れ間がさすことはなくなった。

 それでも、鮎人への想いが減ることはなかった。悲しいなら、辛くて我慢をしているなら、私が傍にいてあげたい。

 その想いだけが、鮎人にどんな態度をとられようとも、毎日声を掛ける原動力になっていた。

 教室の入口側では、鮎人と数人の男子達がいつものように談笑をしている。
 私は、机の中にある教材をカバンに仕舞い込み足早に鮎人の元へと向かった。

 「鮎人!話してる時にごめんね。今日、一緒に帰ろ?」

 私なりに、今の自分に出来る精一杯の笑顔を咲かせた。

 だが、私が表情に咲かせたそれは、いとも容易く枯れて散る。

 私が話し掛けた途端に、寸前まで浮かべていた溢れんばかりの笑みが潮が引くように鮎人の顔から消え去ったからだ。

 「あぁ、悪い…。今日はこいつらとカラオケに行くんだ。じゃあな。」 
 「そ…そうなんだ。分かっ…た。」 

 両手をぎゅっと握りしめた私に、再び鮎人の目が向けられることはなかった。くるりと背を向けると、周りにいる男子たちと肩を組み颯爽と教室から出ていき、廊下へと消えていく。

 私はその背中が消えていくまでただみつめているだけで呆然と立ち尽くしていた。

 「ねぇ美空、鮎人と喧嘩でもしたの?」

 振り返ると、心配そうな面持ちで穂香が立っていた。

 「ううん…。なんか今日はカラオケに行くみたい。穂香、一緒に帰ろ!」

 出来るだけ自然に、精一杯明るく取り繕って私は笑顔を咲かせた。

 もう、そうでもしないと涙が零れ落ちてしまいそうだったから。