「コホン……改めて自己紹介をしよう。メルシアの父であり、プルメニア村の村長をしているケルシーだ」
「妻のシエナです」
「錬金術師のイサギと申します」
誤解が解けたところで俺たちは穏便に自己紹介をした。
「イサギ君がこちらにやってきた目的は我が村への移民だな?」
「はい。できれば、こちらの村で錬金術師として活動させていただければと思います」
「「…………」」
「あれ? なんで無言なんです!?」
こちらにやってきた理由を告げるも、なぜかケルシーとシエナは無言だった。
「おそらく、父と母は錬金術師がどのようなものかわからないのだと思います」
「え? そうなのですか?」
「恥ずかしながらメルシアの言う通りだな。生憎と我々は錬金術師がどのようなことをするのかまったくわからん」
「私たちの住んでいるような田舎には、錬金術師はいないものね」
どこか困ったように言うケルシーとシエナ。
「え? そういうものなの?」
「錬金術師は才能のある者しかなることができません。その多くは王族や貴族に召し抱えられ、帝都のような大きな都市にだけ集まるのです」
「そ、そうだったんだ」
帝城の工房にこもっていることが多かったし、そういった世間一般の評価をまるで把握していなかった。
「自分で言うのもなんだけど、どうして解雇されたんだろう?」
「普通は宮廷錬金術師を解雇するなどあり得ません。よっぽどイサギ様にいて欲しくない理由があったのかもしれませんが、愚か者の思考などこれ以上考えたくもないですね」
「ソ、ソウデスネ」
俺を解雇したせいかメルシアのガリウスへの評価は氷点下だ。
この辺はあまり突かないようにしよう。
「とりあえず、錬金術師の説明ですね。錬金術師とは簡単に言えば、魔力を使った物質操作を行う者です。素材の構造を魔力によって加工したり、変質させたりすることができます。物質本来の性質から大きく外れたものを作り出すことは難しいですが、応用性は非常に高い技術です」
「「…………」」
ざっくりとした錬金術師の説明を行うが、ケルシーとシエナは神妙な顔をするだけで反応がない。
「省略し過ぎましたかね?」
錬金術師をまったく知らない人のために、かみ砕いて説明したのだがわかりにくかっただろうか。
「いえ、イサギ様のご説明があまりに濃いせいで理解できなかっただけかと」
「もっと簡単ってどう説明すればいいかな?」
生憎と俺は誰かに錬金術を教えたりするような機会に恵まれなかった。
教えるのが上手い人ならば、二人にも理解できるように伝えることができたのかもしれないが、俺にはこれ以上わかりやすい説明が思いつかない。
「実際に錬金術をお見せするのが早いと思います」
「そ、そうだな! イサギ君、何か作れるものはあるか?」
「錬金術は無から有を作ることはできません。行えるのは有から別の物に加工したり、変質させることです」
「お、おお。そうなのか……」
錬金術はわかりやすく言うなら加工技術。なにをするにも元になる素材は必要だ。
現在でそれをわかりやすく伝えるとすれば……。
「ケルシーさん、腰にある短剣を拝借してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ! これは先日街に出た時に買ったものでな! 貴重なマナタイトで作られている優れものなのだ!」
自慢げに言いながら短剣を渡してくるケルシー。
マナタイトとは魔力を含んでいる鉱石だ。武器や防具などの素材に使い、魔力を込めてなじませることで切れ味が増したり、防御力が増加したりといった効果がある。
武器や防具に使われるポピュラーな素材なのだが……。
明らかにこれは偽物だ。ウキウキで話してくれたところ申し訳ないのだが、ありのままの真実を告げるしかない。
「……残念ながらこの短剣にマナタイトは含まれていませんね」
「な、なんだと!?」
「錬金術師には素材の本質を見抜く能力が備わっています。私の見立てでは、この短剣を構成しているのはナマタイトという魔力にほんの少しだけ反応する、マナタイトに酷似した性質を持つ劣化鉱石ですね」
ナマタイトは魔力による強化の割合しか微量にない上に、見た目も非常に似ているので間違いやすい。それを利用して、質の悪い武器商人がよくやるのだ。
宮廷錬金術師の仕事には、こういった武器や防具の鑑定も頼まれることが多かったので、こういった事例は多く耳にしている。
「そ、そんなバカな……銀貨二十枚もしたというのに……」
俺の鑑定結果を聞いて、項垂れるケルシー。
「大丈夫です。俺が本物のマナタイトの短剣を作り替えますから」
俺はきっぱりと宣言すると、錬金術を発動。
短剣に魔法陣が浮かび上がる。
ケルシーの短剣の形状、重さなどを把握。
不純物となるナマタイトを魔力によって変質させて分離させる。
代わりにマジックバッグからマナタイトを取り出すと、魔力によって物質変化で元の短剣の形状に沿うように変化させる。
「できました! これが本物のマナタイトの短剣です!」
錬金術による加工により、マナタイトで構成された一振りの短剣が生まれた。
「こ、これがマナタイトでできた短剣なのか?」
「確かめるためにも魔力を流してみてください」
「わ、わかった」
ケルシーはおそるおそる手に取ると、ゆっくりと短剣に魔力を流した。
すると、刀身が淡い水色の光に包まれた。
「こ、これは……ッ!」
驚愕の表情を浮かべるケルシー。
本質的に見抜けずとも、魔力を流したことで偽物と本物の違いがわかったのだろう。
ケルシーは表情を真剣なものに変えると、壁に掛けてある木製の的へと投擲した。
投げられたマナタイトの短剣は的の中心部を見事に直撃し――止まることなく集会所の壁まで貫通させた。
「え、ああああああああっ!?」
壁まで貫通するとケルシーは思っていなかったのだろう。本人も予想外といった様子で驚いている。
「あなた? 一体なにをやってるの?」
傍で見ていたシエナが底冷えするような視線と笑みを浮かべていた。
「まさか、ここまでの威力が出るとは思わなかったんだ!」
「言い訳しない!」
「ごめんなさい!」
シエナに怒鳴られて、すんなりと頭を下げるケルシー。
夫婦の明確な力関係を目にしてしまった。
正直、俺はこうなることがわかっていたが、ケルシーの投擲があまりにもスムーズで止める暇もなかった。
鍛えられた肉体からして戦えることはわかっていたが、想定していた以上に実力のある戦士なのかもしれない。
「すみません。私が先に注意しておくべきでした。これくらいでしたらすぐに治せますので」
壊れた壁に近づくと、マジックバッグから木材を取り出し、魔力で変形させて穴を埋める。
「使用している木材が違うせいか色合いの違いが目立ちますね。これは応急処置なので後日きちんと修復させてください」
「いえ、これで十分です。イサギさんにそこまでしてもらうわけには……」
「いえ、俺が気になるのでやりたいんです」
自分が錬金術で修復した壁が、こんな中途半端なものだと非常に気になってしまう。
注意を怠った罪悪感だけでなく、単純にちゃんとした仕事をやらないと俺自身が納得できない。
「なにからなにまでありがとうございます、イサギさん」
「いえいえ」
そんな俺の拘りを察したようで、シエナは申し訳なさそうにしつつも礼を述べてくれた。
俺の作った短剣のせいで夫婦喧嘩をされると後味が悪いし、なんとかなってよかった。
「短剣を回収してきました」
「ありがとう。怪我人とかいなかった?」
「幸いなことに投げた方角は庭でしたので」
メルシアの報告を聞いて、心底ホッとした。
やってきて早々に作った武器が、村人を傷つけたとかシャレにならない。
「こういった感じで装備の加工や土木工事などが錬金術でできます。他にも素材さえあれば、魔道具やポーションの作成といったことができますが、俺がこの村で一番やってみたいのは錬金術を使った農業です」
宣言した瞬間、ケルシーの耳がピクリと動いて険しい顔になる。
「イサギ君、残念ながらここの土地は痩せているせいか農業に期待はできないぞ」
「承知しています。それが原因で年々山や森の恵みが減少していることも」
「それを知っていながら何故ここへ?」
「錬金術で食料事情を改善するためです」
「……具体的にはどうするんだ?」
「錬金術で品種改良をした作物がいくつかあります。それを植えれば、痩せた土地でも十分な収穫が見込めるはずです。土地が違うせいかここでも同様に育つ確証はありませんが、調整次第で確かな結果が出るかと」
「このままでは山や森の恵みは減少する一方です。村の未来のためにイサギ様の錬金術を使った農業の許可を貰えませんか?」
俺とメルシアの言葉を聞いていたケルシーは、じっくりと思考した末に口を開いた。
「……錬金術でそのように農業ができるなど、にわかに信じがたいが、あっという間にこの短剣を作ってしまったイサギ君ならできるのかもしれんな。イサギ君の移民と錬金術を使った農業の許可を出そう」
「「ありがとうございます!」」
よかった。これで俺はプルメニア村に住むことができるし、錬金術を使った農業を行うことができるんだ。
「移民となると、イサギ君の家が必要だな。いくつか空いている家はあるが希望はあるか?」
「落ち着いたら工房も作りたいですし、様々な農業を試してみたいので、できれば他の家と密接していない広い場所だと助かります」
錬金術師とはいえ、失敗することだってある。
派手に爆発なんてことにはならないが、薬品の匂いや粉塵が飛び散って近所迷惑になることがあるかもしれない。
そういったことを想定すると、村の中心地よりも外れの人気のないところが望ましい。
「だとすると、東の空き家がいいだろう。少し年季が入っているせいで家が古いが、それ以外の条件はすべて満たしている」
「メルシア、イサギさんを案内して差し上げて」
シエナはサラサラッと羊皮紙に空き家の場所を描くと、メルシアに手渡した。
「わかりました。イサギ様、行きましょう」
「わかった」
こうして俺は移民が認められ、新しい住処へと移動するのだった。