稼ぎ時の休日なのに、バイトには午前中しか入れてもらえなかった。学生バイトのほとんどは休日にシフトを希望するから仕方ない。
 それでも昼の賄を貰えたことはありがたくて、由香奈はお腹をいっぱいにして自宅に戻った。

 趣味のない由香奈がすることは勉強くらいしかない。ちゃぶ台の上にテキストを広げ、持っておくと良いとされる秘書検定の勉強をする。
 おとなしく練習問題を解き続け、気がつくと、部屋の中は薄暗くなっていた。

 ベランダの掃き出し窓を開け、ハンガーポールを低くして吊り下げておいた洗濯物を取り込む。とりあえず寝室のベッドの上に投げ出しておく。
 夕飯はどうしよう、抜いてしまおうかな。

 リビングの横手の流し台に近づき、ここ一週間の命綱であるほうとうの入った段ボール箱を覗く。生麺タイプや乾麺、かぼちゃが練り込まれたタイプなどいろいろな種類がある中で、スタンダードな生麺がいちばん美味しかった。

 好物は最後にとっておく性格の由香奈は、食べるなら今夜は乾麺を片づけてしまおうか、そんなふうに考え、がぼちゃはもうなくなってしまったから具材なしでも美味しく食べれるだろうかと思いをめぐらす。
 とりあえず、パッケージのひとつを手に取る。段ボール箱の底が見える。

 そこに、縦長の茶色の封筒があった。箱の色と同化してわかりにくいそれを見咎めて、由香奈はどきっとする。
 まだ半分下敷きになっている封筒を、そうっと引き上げてみる。
『雄一郎へ』
 几帳面な文字が目に飛び込んできて由香奈は戸惑う。中村の母親が息子に宛てたのだろう、それ。中身は便せんのようで、封はされていない。けれど中村がこれに気づいていたとは思えない。こんな場所に入れっぱなしになっていたのだから。

(返しに行かなきゃ)
 由香奈はとっさに立ち上がる。一方で腹立だしくもなった。
 お母さんが息子のことを気遣って手紙まで入れてくれてあるのに、その大事な差し入れを自分に渡してしまうだなんて。
 そして、その食糧で生きている自分はなんなのだろう。どうしたってそこまで考えてしまう。だから由香奈は自分の思いに蓋をする。

 何も考えないようにしながら部屋を出てエレベーターで二階に下りた。通路をそろそろ進んでいると、バンと扉を叩きつけるような音がして由香奈は首を竦める。反射的にエレベーターとは反対側の端へと走り、外階段の脇に身を隠す。

 がちゃがちゃと音がして早口に何かまくしたてる女性の声が響いた。早口すぎてまったく聞き取れない。
「騒ぐなよ」
 宥めているのは、中村の声のような気がする。また早口で激した声、鋭くかかとを鳴らして靴音が遠ざかる。