「私は、寛容な夫として振る舞うことで、自分を被害者のように演出していただけだった。妻を愛してはいた。でもそれはただの自己満足で、私の振る舞いは彼女を追い詰めただけだった。あの夜、橋の鉄柱の上で、彼女は嘲笑っているようだった。憐れんで、絶望していた。あれはそういう笑みだった」
 しばらく口を閉ざして、藤堂もポスターに見入った。それから由香奈を見た。釣られて由香奈も藤堂を見つめ返す。

「妻を失って私はわからなくなった。振り回され、時に破滅する。女は魔性だという。そうだとして、増長させるのは間違いなく男だ。男が欲しがらなければ、そんなものは成立しない。少し考えの足らない可愛い女ですんだだろうに、と。でも、そう考える私にも求める気持ちはあったから理解はできる。本能でも愛情でも、欲は同じだ。きれいごとを言ったところで。……だから君は悪くない。何も悪くない」

 ――違う。君は悪くない。
 熱を出したとき、夢の中で聞いた声を思い出した。何も言えずに目を瞠る由香奈に、藤堂は弱々しく微笑んだ。
「私の甥は、いい男だろう?」
「……」
 少しためらった後、由香奈はこくんと頷く。目尻の皺が深くなり、藤堂は嬉しそうな顔になった。

「私と似てるんだ。ぼーっとして見えるが、とても頭を使ってる。一途で頑固でもある。だけどあいつは、私とは違う」
 初めて見る優しい笑顔で、藤堂は由香奈に言った。
「大事なことが、ちゃんと見えてる。あいつのあれは、才能だよ。だから大丈夫」

 見つめられ、由香奈はやっぱり何も言えなかった。藤堂の話したことの半分も由香奈にはわからなかった。自分を案じてくれていることはわかる。なぜか藤堂は、由香奈にとても親切だ。それももうわかってる。
「でも、私……」
 膝の上、震える指でコートの裾を握る。どう言ってもらったところで自分が汚れているのは変わらない。彼に触れるのが怖い。好きだから怖い。

 由香奈は背中を丸めて俯く。その小さな頭を撫でようとでもしたのか、藤堂は手を上げる。だけどその手を、彼はすぐに引っ込めた。