遅れて公園へと行くと、入り口のところでグローブを手にした春日井が嬉しそうにハルカちゃんのお兄ちゃんと話していた。春日井の後ろから男の子がひとり近寄ってきて何か言う。
「あっち行けよ!」
 ハルカちゃんのお兄ちゃんの怒号が聞こえて、由香奈は立ち竦む。ダメだよ、そんなこと言ったら。そう思うけど、それを彼に言っていいのかもわからない。怒鳴られた男の子はぱっと離れて遊具の方へ戻っていってしまう。

 春日井の表情も悲しそうに見える。ハルカちゃんのお兄ちゃんは険しい目で公園入口の車止めのポールを睨みつけている。由香奈はただ胸が痛んで動けない。
「あっち行かない!」
 いきなり春日井が叫んでハルカちゃんのお兄ちゃんをばふっと抱きしめた。
「ば……っ。何すんだよ! はなせバカ!」
「バカじゃないから放さない。俺とキャッチボールするって言うまで放さない」

 足をばたばたさせてハルカちゃんのお兄ちゃんは春日井の足を蹴り飛ばす。それでも春日井は腕をほどかない。その力尽のやり方に由香奈は呆然としてしまう。いくら暴れても成人男性にはかなわないことがわかったのか、ハルカちゃんのお兄ちゃんはおとなしくなった。

「ん? キャッチボールやる気になった?」
「や、やればいいんだろ、やれば」
 こんな脅すように始めて、打ち解けられるのだろうか。由香奈は心配でふたりへと歩み寄る。
 それで気がついた。ほんのり頬を紅潮させて、ハルカちゃんのお兄ちゃんは涙ぐんでいる。怒りや悔しさじゃない。口元がほころんでいる。彼の肩に手を置いて促しながら、春日井は由香奈を見てにかっと笑った。心配御無用とばかりに。

「あれ? けっこう上手いじゃん」
「誰ができないって言ったよ!」
 何かをぶちまけるようにハルカちゃんのお兄ちゃんは春日井のグローブに向かってボールを投げつける。それをしっかりキャッチして春日井はまた投げ返す。
 ぶすっとしていた男の子が笑顔になる瞬間を、由香奈はまた目の当たりにしたのだった。