「そろそろおやつの準備しようか」
 スタッフさんが厨房に向かうのを見て、由香奈は腰を上げる。
「私、帰るね……」
「え、バイト?」
 目を丸くするクレアに由香奈は頷くことができない。

「それなら公園寄って春日井くんに声かけてきてよ。おやつだよって」
 その春日井に会わないようにしようと思ったのに、園美さんに頼まれてしまう。
「そうそう、クリスマスにもイベントやりたいから、由香奈ちゃんにサンタメイドさんを頼もうと思ってたの」

 なんだそれ、と絶句する由香奈を店の外に誘導しながら園美さんはけろりと言った。
「ハロウィンのイベントのおかげで、お客さん増えたんだよ。気づいてなかった? 由香奈ちゃんを見てる人がたくさん」
 さーっと由香奈は青ざめる。
「大丈夫だよ。そういうとき、子どもたちは優秀なガードマンだからね。由香奈ちゃんはもう、子どもたちにとってもいなくちゃならない人だから。ね、お願い」

 園美さんは両手を合わせて由香奈を拝む。正直嬉しかった。園美さんみたいな立派な人が、自分なんかを当てにしてくれている。涙が出そうなほど嬉しい。でも……。
「でも、私なんか……」
 つっかえそうになる声を押し出して、由香奈は俯く。
「私なんかが、いい人ぶって、子どもたちに接していいのかって……」
「……」
 園美さんが拝んでいた手を下げる気配。由香奈はじっと自分の靴のつま先を見つめる。

「ねえ、由香奈ちゃん」
 優しい声が降ってくる。
「わたし、前科七犯なの」
「え……」
 由香奈はびっくりして目を上げる。
「飲む打つ買うの大悪党だったの」
 あんぐり口を開ける由香奈に向かって真顔で言い切った後、園美さんはそのままの表情で続けた。
「……って言ったら、安心する?」
 え、嘘……? 由香奈は訳がわからず眉根を寄せる。

「だって、そうでしょ? 由香奈ちゃんが悪党かどうかは置いておくとして、世の中で認められてるような〈いい人〉でないと人助けしちゃいけないの? 間違いを犯した人はボランティアしちゃいけないの? 外面がよくて体裁が整ってる人の施しはきれいで、間違ったことのある人のそれは汚いの?」
「あ……」

「善意は善意だよ」
 園美さんははっきりと言った。
「思ってるだけじゃ何も変わらない、それも善意。行動しなければ人を助けるなんてできない。どんな小さなことでも行動すればそれが助けになる、わたしはそういうものだと思ってるし、たとえその人に内心でどんな打算や葛藤があろうが、それで救われる人がいるのならそれでいいって思うよ」
 そう話す園美さんは、いつになく切羽詰まった様子で由香奈を見つめた。