(だめ)
 おかしい。いつもと違う。容易く男を迎え入れるのに慣れたはずのそこを、新たにこじ開けるように進まれる。何も力を入れてないのに足ががくがくする。
「……っ」
 未知の恐怖心から上擦った声があがる。由香奈は足をじたばたさせて必死に腰を引く。

 すると弓なりになった背中を掬い上げて抱き寄せられた。喘ぎとも悲鳴ともつかない声をまき散らしていたくちびるをふさがれる。
「んんっ」
 慣れたように舌が絡むと、ようやく快感の度合いが安定した。いつの間に肌がむき出しになった肩に縋って貪り合う。どこもかしこも繋がって交換し合うのは、どうしてこんなに気持ちいいのだろう。

 いつものペースに戻ったものの、由香奈の素肌はざわめいたまま他愛のない刺激でからだは跳ね上がる。もう何度イッたのかもわからない。いつもは一回で満足する松田も、今日は二回、由香奈の中で果てた。




 余韻を散らす間もなく由香奈は服を着て松田の部屋を出た。そんなに長い時間かかったつもりもなかったのに、もう朝方と言える時間で、東の空の遠くの方はうっすら明るかった。

 由香奈は足早に非常階段で五階へ上がる。自分の部屋の扉を目の前にしたとき、通路のいちばん奥の玄関扉が開いた。どきりと由香奈はその場に棒立ちになってしまう。
「由香奈ちゃん、おはよう」
 眠そうに瞬きしながらゴミ袋を手に下げた春日井が歩いてくる。由香奈は肩を縮め壁際に寄って俯く。

「早いね。ゴミの日だもんね」
「ええ……」
「俺なんか、さっきまでレポートやっててさ。寝ちゃう前にゴミ出しとこうと思って」
「そうですね」
「昼前には起きるようにしないと。今日は絶対フラワーに行くんだ、キャッチボールの約束したから」
 にこっと微笑む気配。だけど由香奈は顔を上げられない。
「じゃあ、後で会えたら」
「はい……」

 か細く返事をして、由香奈はなんとか部屋の中に逃げ込む。靴を脱いでその場で崩れた。震える手で顔を覆う。情けない、恥ずかしい。情けない。
 頭の中はぐちゃぐちゃで、それでも涙は出なかった。ただ、あの時間、彼のことを少しも思い出さなかった自分に絶望した。