由香奈は人との関わりを最小限に抑えたかったし、クレアは人のことを良く見てはいるけれど、踏み込んだりするタイプじゃない。由香奈のことを面倒見てくれたのは、本当にたまたまなのだろう。

「はい、いったん乾くまでじっとしてて」
「はい」
 由香奈はおとなしく両手をカウンターに乗せたままじっとする。クレアはその間に自分の足の爪にも光沢のあるグレーのマニキュアを塗り始めた。

「由香奈さ……」
 下を向いているから声がくぐもっている。それでもはっきり聞こえた。
「カスガイさんが好きなの?」
 クレアにはばればれだろうなと感じてはいたけど、ついさっき中村にも突っ込まれた。そんなに自分はわかりやすいのだろうか。

「うん……」
「ふうん」
 あっという間に両方の爪にグレーのマニキュアを塗り終わり、ゆっくり足を下ろしながらクレアは由香奈の爪をチェックした。ベージュ色のネイルの上に、今度は透明感のあるピンク色のマニキュアを塗り始める。

「告白すれば? うまくいくよ、絶対」
「……しない」
「なんで?」
 ピンク色も塗り終わり、クレアは顔を上げて目をぱちぱちする。

「クレアは……」
 声が震える。細く息を吐き出しながら、由香奈はなんとか最後まで言い切る。
「知ってるよね、私がやってること」
 同じマンション内の別々の男性の部屋に頻繁に出入りしてるのだ。クレアだけじゃない、藤堂だってきっとわかってる。

「……まあ、あんたの行動を見てれば。でも、どうこうは思わないよ。そういうのメンドクサイし」
「うん。クレアはそうだよね」
 こうやって、友だちのように扱ってくれるのだから。
「それに。もう、やめるんでしょ?」
 じっと見つめられて由香奈は頷く。
「なら、いいじゃん」
「よくないよ」
 今までになく低い声音のつぶやきが、由香奈の口から転がり出る。

「わかんないな」
 クレアは、最後にラメの入ったアイボリーのマニキュアを由香奈の爪の先に塗りながらぼそっと言った。
「別にいいじゃん」
「よくないよ」
 口元を震わせて、由香奈ももう一度言う。なんでもお見通しのクレアは、説明できない由香奈の気持ちもきっとわかってる。案の定、クレアは由香奈の顔を見て溜息をついた。

「馬鹿だなあ、由香奈。だったら、どうして自分を大事にしなかったのさ」
「……」
 由香奈は、我慢できずに眉根を寄せた。
「だって……」
 手のひらを握ってしまいそうになってクレアに止められる。手の力を抜いて、由香奈は言葉を吐き出した。
「自分が、誰かを好きになるなんて、思ってなかった」