空になったジュースのグラスを片づけ、女性用休憩エリアの奥にある仮眠室に行ってみた。十帖ほどの部屋に布団サイズのシートが並んでいて、まだ誰もいなかった。
「フロントで毛布を借してくれるみたい」
 誰もいないのに部屋の静けさに釣られてクレアが小声で壁の張り紙を示す。
「私行ってくるよ。待ってて」

 由香奈も声を潜めて応え、ひとりで部屋を出た。テレビの音が賑やかな食堂の脇を通り抜けフロントへ引き返す。
 桃色の甚平を着たフロント係の女性に言うと、笑顔で薄手の毛布を二枚出してきてくれた。

 それを抱え、帰りは気持ちの余裕ができたから左右を見渡す。左手に土産物などを扱う売店があって、その横手は奥に続く廊下のようだ。立て看板が見えたので由香奈は廊下を少し入る。

 エステサロンとマッサージ店が並んでいた。まだ奥にもスペースがあって由香奈は廊下を進んで確認する。なんの店舗だったかはわからないが、営業終了のお知らせが入り口スペースを遮断したネットに下がっていた。カウンターの向こうは暗くてどんなお店だったかはわからない。
 由香奈は手前のエステサロンのフェイシャルコースの説明書きを眺めながら廊下を引き返す。

「みーつけたっ」
 横を向いていたから、弾んだ声に目を上げたときには、既に肩に手を置かれていた。そのまま両肩をぐいぐい押されて後ろ向きに廊下を戻される。エステサロンの灯りが途切れてうす暗くなったところで、止まった。

「あの……っ」
 声を上げかけた由香奈は、だけど口を噤んでしまう。結局、やましいところがあるから。誰にも見咎められたくない。毛布を胸に抱いて体を縮める。
 そんな由香奈を見下ろし、中村は楽しそうに少し屈んで顔を寄せてくる。
「訊きたいことがあるんだよね。由香奈ちゃんさ……」

 じっとまぶたを伏せる由香奈の耳に、その名前が滑り込んでくる。
「春日井が好きなの?」
「好きじゃないです」
 かぶせ気味に即答する。
「……」
 中村は黙って体を起こして由香奈を見下ろす。俯いたうなじに視線が突き刺さる。

「じゃあ、あいつら寝たら、こっそりしよ」
 床を見つめて固まる由香奈にまた体を屈めて念を押す。
「後でまた来て」
 気持ち悪くなるほど頭の中がぐるぐるする。いろんな感情が浮かんでくる。そんな中、いちばん新しい感情が由香奈を引っ張った。