「うん。ありがとう。可愛い」
 金の四角い枠の青緑の中に、クリーム色の花が描いてある。
「これ……」
「うん、カトレア。歪になっちゃってわかりにくいけど」
「そんなことない。わかるよ」
 由香奈はブラウスの上から左側の胸元を押さえる。
「そ。それでカトレアって意識しちゃって。きれいだよね、優雅で。若者向きじゃないけど、ブライダルでは定番みたいね」
「若者向きじゃないんだ」

「だって、花言葉調べてひっくりかえっちゃったもん、あたし。魔力とか成熟した大人とか、優美な貴婦人とか」
「貴婦人……」
 由香奈は青ざめてしまう。そんな素敵な花言葉のモチーフを、自分が身に着けていて良いのだろうか。
「ね、ミチルさんのことだから由香奈にお似合いの花を選んだんだろうなーって思ってたのに。でもね、あのヒト、人が悪いから。これって宿題じゃないのかなって」

「宿題……」
「この花みたいな貴婦人になりなさいって」
 とても無理だ。由香奈はますます青ざめる。
「まあまあ。あたしが勝手にそう考えただけだから」
 さんざん脅しておいてクレアはけらけら笑う。クレアだって十分人が悪い。

「お待たせしました」
 ホットケーキのお皿を持ってきた黄色いエプロンの女性が、キーホルダーに目を落とす。
「これ、レジンですよね? すごい、上手。ここでも女の子たちがよく作ってるけど、もっとすっごい、ぼっこぼこで」
「それ、ちゃんと固めないからですよ。それか一気に厚くしてるか。何度かに分けて薄く液を入れるのがコツなんです」
「なるほどー」
 クレアと少し会話した後「ごゆっくり」と女性は奥に引っ込んだ。

 メープルシロップがしみ込んでバターが溶けた熱々のホットケーキを頬張る。
「おいしい」
「うん」
「バターの匂いって乳臭いんだね」
 こそこそクレアが囁くのに由香奈は笑う。しばらく幸せに浸っていると、店頭の自動扉が開いて急に賑やかになった。

「ほらもう、いったん休憩」
「まだ遊びたいのに」
 数人の子どもと一緒に春日井が入ってきた。ホットケーキを食べている由香奈とクレアに目を丸くしている。

「おかえり。おやつ食べる人ー」
 黄色いエプロンの女性に呼ばれ、子どもたちは端のテーブルに集まる。春日井は由香奈たちのテーブルに来た。