そもそも、どうしてまたここにいるのだろう。声をかけられたときには断るつもりだったのに。男のところへ行けと命じる人はもういないのに。

 違う。本当は、もうそれ以前にだってもう断ろうと自分はしていた。なのに何度も何度も引きずられて、これからも何度も何度もこうなのだろうか。
 いつもは考えないようにしていることが頭をもたげる。自分は何? 求められるのはこうやってはけ口になることだけだ。
 恐ろしいことを考えかけて、由香奈は思考を凍りつかせる。何も考えたくない。目を閉じる。

「由香奈ちゃん、力抜いて」
 何? どうして指図するの? 好きにさせてあげてるでしょ、勝手に好きにすればいいじゃない。
「こっち見て」
 いやだ、いやだ。由香奈は固く目を閉じたままもがくように頭を振る。
「も、イク」
 切羽詰まった声。もう早く終わりにして。両手の甲で目を覆ったまま由香奈はくちびるを噛み締めた。




 日曜日の午後、化粧品を買いに出かけた道すがら由香奈はクレアをフラワーに誘ってみた。

「ここ知ってる。でも普通のお店と違うから入りにくかったんだよねー」
 平日ならこの時間帯では子どもが多くて気圧されてしまうが、日曜の今日は込み合ってはいなかった。
「わ。なにこのブタ。かわいい~」
 クレアはブタの貯金箱の前で動かなくなってしまう。

「いらっしゃいませ。来てくれてありがとう」
 黄色いエプロンの女性がにこやかにテーブルに案内してくれる。それでクレアも移動してくれた。
「この時間帯はケーキしかないけど」
 いいのだ。ケーキを食べてみたかったのだから。由香奈は頷いてメニューを受け取る。

「昔ながらのホットケーキだ」
 ホットケーキミックスのパッケージに使えそうな、素朴なホットケーキの写真にクレアの目がまた釘付けになっている。四角いバターとメープルシロップのホットケーキ。由香奈も食べたくなってふたりでそれを注文した。

「そだ。はい、これ」
 クレアがテーブルの上に小さな紙袋を出す。
「プレゼント。たいしたもんじゃないから受け取って」
 由香奈はびっくりして紙袋を持ち上げる。
「見て見て。気に入るかどうか不安だから」

 言われて袋を開ける。レジンで手作りしてくれたらしいキーホルダーだった。
「アクセサリーでもって思ったんだけど。由香奈ってピアスだのネックレスだのしないでしょ。だからキーホルダーにしちゃったけど」