エレベーターで上がる。由香奈の部屋の前にクレアと春日井が立っていた。
「おかえりー」
「ごめん。急かしたみたいで」
「そんなことは……」
 申し訳なさそうな顔の春日井は、大切そうに持っていた白い小箱を由香奈に差し出した。
「叔父が、君に届けろって」

 受け取ってみると予想外に軽い。長くて背の高いその箱の蓋を、そうっと開けてみる。
「わ、ケーキじゃん!」
 一緒に覗き込んだクレアが驚く。小さなバトンケーキにはプレートが乗っていた。

「ハッピーバースデーだって。やだもう、なんで教えてくれなかったの?」
「うん……だって、忘れてた……」
 そう、今の今まで。
「んもう、由香奈のバカ。大事な日でしょうが」
 大事な日……そうだろうか。

「そうかー。十九歳だよね。いいなあ、響きが」
「ね、帰れない夏って感じ」
「カスガイさん……詩的なこと言おうとして滑ってる?」
「え、うそ」

「これ、管理人さんからですか?」
「うん、そう。今日中に絶対わたせって押しつけられて」
「私、お礼に……」
「行かなくていいよ」
 春日井は肩を竦める。
「今夜はもう部屋に引っ込むって言ってたし。お礼に来られるのが恥ずかしいんだと思うよ」
「よくわからない人だよね。あのおっさん」
「ほんと」
 失笑する春日井の顔を見て、由香奈は思った。

 ――口紅でも買えばいい。
 もしかしたらあれは、叔母の精一杯だったのだろうか。由香奈を葬儀に呼ばなかったのも、もしかしたら、親族の中で由香奈が嫌な思いをしないようにと気を回したのかもしれない。どうしても見送りたいほど、由香奈が父親に愛情を持っていないことはわかっていただろうから。最後に突き放したことも。
 ――わかりやすく気持ちを面に出さない人だっている。
 本当だ。きっと、そういう人は大勢いる。損をしてしまってる人たちが。

「じゃあ、管理人さんには改めてお礼に」
「うん、それがいいよ」

「ねえねえ、由香奈。取ってつけたみたいだけど、何が欲しい?」
「ううん、それより……」
 気を遣うクレアに、由香奈は少し恥ずかしく思いながら尋ねる。
「お化粧品てどこで買えばいい?」
「え、やだ。由香奈が目覚めた。オーケイオーケイ。連れてってあげる」

 楽しそうな笑顔のクレアの隣で、春日井が微笑う。
「由香奈ちゃん、誕生日おめでとう」