通りに出てきた黄色いエプロンの女性はとても悲しそうだ。だが由香奈を見て微笑んだ。
「あら。ごめんね、びっくりしたよね」
「いえ……」
 ふうっと自分の前髪に触れながら黄色いエプロンの女性は息をつく。
「ちょっとフォローが足りなかったかな。お母さんへのアプローチも考えるべきだった」

「あの……」
 由香奈は項垂れていたさっきの男の子が気になって口を開く。
「あのお母さん、あんなに怒ってしまって、あの子はもう……」
「はは。それがさ、あの子なかなかたくましくて。明日にはまたけろっとして来ると思うよ」
「え……」

「子どもってね、自分の味方になってくれる人のことは嗅覚で嗅ぎ分けるの。あの子にとって、ここはもうそういう場所だから。あとはお母さんにわかってもらえると良いのだけど」
 朗らかになかなか怖いことを言うな、と由香奈は内心冷や汗をたらす。そんな由香奈の前で黄色いエプロンの女性はふと表情を厳しくした。

「苦しんでる人が素直に助けを求められない社会って、どうなんだろう」
 ――苦しくても悲しくても我慢してしまう人がいる。
 そう話した春日井と同じ眼だ。

「ごめんね。通りがかりに愚痴っぽいこと聞かせちゃって。好きでこういうことやってるのに、ダメだよね。弱音なんか吐いたら」
「……悲しいなら、悲しいって言えないとダメなんですよね」
 思い切って返すと、女性は目を丸くして由香奈を見つめた。そして破顔する。
「はは。一本取られちゃった。ね、良かったらまたご飯食べに来てね。良かったら」
 手を振って女性は店の中に戻っていった。



 秋の日は短くなって、まだまだ昼間のように感じる時間帯なのに空はもう薄暗い。そういえば、雨が降らなくて良かったな。街灯の明かりが瞬き始めた路地をマンションへと帰る。その途中で、スマートフォンが鳴った。クレアからだ。

『由香奈? 今日ってまだ帰ってこない?』
「もうすぐ帰るよ」
『良かったあ。なんかさあ、春日井さんがあんたにわたすものがあるってうろうろしててうっとうしくて。じゃあ、待ってるから』
 言いたいことだけ言って切れた画面に向かって、由香奈は目をぱちくりさせてしまう。なんだろう?