なぜ娘の自分を臨終の際や葬儀に呼んでくれなかったのか。常識的に言うべきことはいろいろあるだろうけど、大人たちから常識を教わらなかった由香奈がそんなことを言うのもおかしい気がするし、言いたくもない。ただ……。

「このろくでなしの供養はわたしら兄弟でするから、あんたは二度とここへは来なくていいよ」
 割烹着のポケットからライターを出して叔母が線香の束に火を点ける。ふたつに分け、由香奈にわたす。由香奈は素直に香炉に線香を置き、凍りついた表情で手を合わせた。

 二度と来るなと言われたことに対しては何も感じない。病気の父親の身柄を引き受けてくれたものの、「うちには年頃の男の子がいるんだし」と由香奈を突き放した叔母だ。拒まれたことはむしろ嬉しかったし、もう来なくていいと言うのなら安心だ。由香奈もここに足を向けたくはない。ただ。

 叔母が線香をあげ終わるのを待ち、由香奈はトートバッグから封筒を取り出した。本当は、まだ息のある父親に向かって、言われた通りに男と寝てこれだけ集めたのだとぶちまけてやりたかったけれど。
「これ、今までお世話になったから……少ないけど」
 叔母に差し出した茶封筒からは紙幣が透けて見えている。

「あんたは、また……」
 びくっと頬を吊り上げて叔母は険しい顔になった。
「馬鹿にするんじゃないよ。そんな金、誰が受け取れるかッ」
「でも……」
 由香奈は自分のつま先に視線を落としてつぶやく。
「お金はお金だし」

 さざ波の音が強くなった気がした。この村に泊まった数少ない夜、いつも波音をうるさく感じて眠れなかったことを思い出す。

「なら自分で使えばいいじゃないか」
 つっけんどんに叔母は吐き捨てる。
「若い娘が化粧もしないで。口紅でも買えばいい」
 割烹着のポケットに手を突っ込んで踵を返す。
「用はこれですんだよ。さっさと帰りな」
「……」

 ここまで呼び出しておいてこれだけなのか。徒労感に襲われつつ叔母の背中を見送り、由香奈は封筒をバッグに戻した。少しだけ、父の遺骨の入った墓を振り返る。父親が吸っていたタバコはこんな銘柄だったろうか。それは思い出せなかった。