アルバイトの予定がない平日の午後、由香奈は商店街の地域交流センターの前まで行ってみた。
 アーケードの中ほど、もともと大型書店だったビルの一階にこども食堂があった。「こども食堂 フラワー」と名前が入ったガラス扉から中の様子を窺ってみる。

 子どもはいない。会社員風の男性と事務服の女性が向かい合って座っているのが見えるが、子どもはいない。
 少し考えてから由香奈は納得する。小学生はまだ学校にいるのだろう。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
 ぼやぼやしていたら店の中から見つかって、黄色いエプロンの女性が店頭に出てきた。

「お食事ですか?」
「あ、はい……」
 促されて店内に足を踏み入れながら、自動扉を入ってすぐの台の上に鎮座しているものに由香奈は目を奪われる。びっくりするくらい大きなブタの貯金箱。ピンク色のでっぷりしたおなかの部分に「こどもは無料、大人はお気持ちで」と張り紙がしてある。

 食事中の男女とは反対の端のテーブルを選んで由香奈は座る。メニューと水のグラスを持ってきた女性が微笑んで説明する。
「お会計はありません。お帰りの際にあちらの貯金箱に、十円でも百円でも五百円でも、お気持ちでお願いします」
「はい……」
 由香奈はメニューに目を落とす。日替わり定食が二種類から選べ、グラタン、オムライス、カレー、パスタが二種類に親子丼。由香奈はオムライスを選ぶ。

「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
 食事を終えた男女がブタの貯金箱にそれぞれお金を入れる。黄色いエプロンの女性はお辞儀をして出ていくふたりを見送る。お客は由香奈だけになる。
 すると、黄色いエプロンの女性はいたずらっぽい表情で由香奈を見つめた。
「公園で会ったことありますよね?」
 尋ねられて由香奈は頷く。目を引くカラフルな黄色いエプロン、これで三度目だし顔にも見覚えがある。でも、その女性が食堂の店員だなんて思いもしなかった。

「本当に偶然ですけど」
「そっかー。ところで、ここのことってどうやって知りましたか? 前を通りがかったりして?」
 女性は真剣な表情になる。由香奈は即答する。
「ニュースで……」
 嘘ではない。
「ああ、そうね。うん、そっかー。ありがとう、もう少し待っててね」
 女性はまた微笑んで奥に引っ込む。
 残された由香奈はきょろきょろ店内を見渡した。ここに来る前、少しだけこども食堂について調べてみた。