すると春日井の方もいっそう笑顔になった。ボールと一緒に言葉を投げて、それに対して男の子は笑い声をあげている。ついさっきまであんなにむすっとしていたのに。

 由香奈は少し呆然としてキャッチボールを続けるふたりを見つめる。背後の車道でクラクションが鳴り、そこでようやく我に返った。いけない、バイト。慌てて踵を返す。

「わわっ」
「ご、ごめんなさい」
 近づいてきていた女性にぶつかりそうになる。
「いいえ、大丈夫」
 朗らかに微笑む女性は黄色いエプロンを着けている。それを視界に入れながら由香奈は会釈を返してバイトに向かった。




 帰宅すると、エントランスでまた春日井の姿を見た。管理人室の小窓越しに藤堂と話をしているようだ。
「あ。えーと、由香奈ちゃん。おかえりなさい」
 明るく呼びかけられて由香奈はもごもご「こんばんは」と返す。春日井は由香奈の方に来てエレベーターホールへの扉を開けた。

「お話はいいんですか?」
「うん。俺が一方的にしゃべってただけだから」
 目をやると、藤堂は素知らぬ顔で新聞を広げていた。
「あのヒトいつもぶすっとした感じでしょ? 損してるよね」
 確かに、と心の中で頷きながら春日井と一緒にエレベーターに乗る。

 階数表示に視線を向けたまま、由香奈は思い切って声をあげた。
「あの……」
「うん?」
「昼間、公園でキャッチボールしてましたよね」
「え? 見たの?」
「はい」
「声かけてくれればよかったのに」
「いえ……」
 俯いて由香奈は戸惑う。何を話したかったんだろう、自分は。

 五階に到着し連れ立って通路へ歩きながら由香奈はどうにか言葉を続ける。
「あの男の子は、親戚とか……」
「ん? 違うよ、赤の他人」
 微笑って春日井は由香奈の部屋の前で立ち止まる。
「あの子たちは、こども食堂に来る子たち」
 こども食堂……。
「この街にもあるんですか?」
「あるよ。商店街の中の店舗ビルが地域交流センターに改修されたろ。そこの一階に」
 由香奈は首を小さく横に振る。
「知らない?」
 わずかに春日井の表情が悲し気になった気がして、由香奈は申し訳なくなる。

「子どもじゃなくても誰でも食事できるんだよ。俺はほぼ毎日行ってる」
「……ボランティアですか?」
「うーん。まあ、そうなるけど。俺が遊んでもらってるとも言えるかなー。俺、子どもと遊ぶの好きだから」
 にこっと笑い、それじゃあ、と春日井は通路を進んで行く。自分の部屋の扉を開け、由香奈に向かってもう一度手を振った。