(なんていったかな、あれ……)
 由香奈は最近目にしたピンク色の広告を思い出す。電話一本でお好みの女の子を派遣――そう、デリヘル。あれみたいだ。由香奈がもっと子どもの頃から父親に命じられてしていたこと。それは世の中にあるビジネスのひとつなのだと由香奈は知った。知ったところで何が変わるわけでもないけれど。

 松田が上体を倒して体を密着させる。じっとりした素肌の胸が由香奈の乳房を押しつぶす。苦しいけど、終わりが近いことを感じて由香奈は我慢する。小さな頭を抱き込みつつ熱い息を耳に吹きかけられる。ぞわぞわして由香奈の物思いははじけ飛ぶ。
 意識を逸らせている間も由香奈の体は従順に悦びを受け入れていたのがわかる。手の届く範囲に掴めるものがなくて、由香奈は松田の腕にしがみつく。
 お腹からじわじわ広がる余韻を余すところなく受けきりながら、由香奈も最後に足先を震わせた。



「よかったよ、また来て」
 服を着た後、五千円札を渡されて由香奈はほっとした。同時にお腹がくうっと鳴る。
「……っ」
 恥ずかしさに真っ赤になっていると、松田は無表情のまま冷凍庫から取り出した袋も由香奈にくれた。
 コンビニ限定で販売している冷凍パスタだ。コンビニのものは値が張るから由香奈は食べたことがない。まさかこんなものが貰えるなんて。
「ありがとうございます……」
 思わず頬をほころばせる由香奈を、松田はなんともいえない顔つきで見下ろしていた。

 そんな彼の様子に気づかないまま由香奈はそそくさ部屋を出た。
 エレベーターを待つ間、冷凍パスタのパッケージの調理方法を確認する。電子レンジで四分半。楽しみで仕方ない。
 昇ってきたエレベーターの扉が開く。顔を上げてサンダルの足を一歩踏み出しかけた由香奈は、そこで体を凍りつかせた。

 エレベーターにはこのマンションの大家であり管理人の藤堂が乗っていた。由香奈の父親よりいくらか若いくらいの男性で、いつもきちんとしたシャツとスラックス姿で管理人室とマンションのあちこちを行き来している。
 その藤堂が、いつもの見透かしたような眼差しで由香奈を見ている。由香奈は俯くこともできずに突っ立ったままでいるしかない。藤堂も何も言わない。

 時間がきて、エレベーターの扉が閉まる。由香奈をフロアに残したままエレベーターは下降していく。
 由香奈はそうっと後ずさりしてから踵を返し、非常階段へと足を向ける。手のひらの中に握り込んでいたお金は藤堂の視界に入っただろうか。

(最初から階段にすればよかった)
 しょんぼり項垂れながら由香奈はゆっくりと階段を下っていった。