「そうだねえ、カトレアがいいかな。花びらは白で、ベージュと薄緑のグラデーションを入れて。あんたが着けるのだったら、それくらいあっても良いと思うねえ」
「……いいんですか?」
「こちとら職人だしデザイナーなんだよ。やりたいから勧めてるんだ」
「じゃあ……」
「よし。じゃあ出ようか」

 丸テーブルに戻ると、クレアは大きなカタログを広げて眺めていた。豪華なウェディングドレスの写真が並んでいる。
「これ、最新号なんだよね」
「そうだよ」
 当然のようにクレアとミチルさんはやりとりしているけれど。不思議そうな由香奈に書類を準備しながらミチルさんが教えてくれた。
「うちは本当はブライダルランジェリーが専門だからね。わたしの腕がいいもんだから、こんな特殊な注文が舞い込んで来るようになったけど」
「いいじゃん、腕が鳴るでしょ?」
「だったらもっとレースだのフリルだの付けさせてほしいよ。この貧乏娘どもが」

 ぶつくさ言いながらミチルさんは注文書を作成し、由香奈はそれにサインした。
「外注の必要がないから一週間で納品できるよ。楽しみにしておいで」
「良かったね」
「うん。教えてくれてありがとう、クレア」 
 心を込めてお礼を言うと、なぜかミチルさんが愉快そうに喉を鳴らした。
「なにがクレアだ。あんたの名前はキヨコだろうが」
「ば……っ。なんでバラすのさ!」
「清らかな子だってよ。笑えるだろ?」
 由香奈はただ驚いて目をぱちぱちさせる。

「えーと……クレアっていうのは……」
 ペンネームかな? 首を傾げる由香奈にクレアは目を見開いた。
「クリエイターネームってやつかな。フリマとか展示会に出すときの」
「展示会?」
「アクセサリー雑貨とか。今は小さな物しか作れないけど、そのうちやっぱりドレスを作りたいんだ。トータルコーディネートで小物から全部デザインして」
「へーえ」
「そんで、ゆくゆくは《クレア》って店が持ちたいなあと」
「すごいね」
「すごくはないけど。夢見てるだけだから」

「若者は夢を持ってなんぼだからね」
 ミチルさんは眼鏡を外して笑う。
「夢を持てない時代、なんて言われてるけどさ。夢を語れない時代なんじゃないかとわたしは思うよ。だからまあ、キヨコは偉いね。夢を口に出せるんだから」
「もう、キヨコって呼ぶなー」

 どう見ても照れ隠しの調子でクレアが口を尖らせてみせる。微笑ましい気持ちでそれを見つめながら、由香奈は思ってしまう。夢って、なんだろう……。