パソコンデスクの上で、今度はスマートフォンの着信音が鳴りだす。
「あー、もう。お楽しみ中だから邪魔するなって言ってやろうか」
 本当に中村が手を伸ばそうとする。
「やめてっ」

 押し殺した声で由香奈は止める。精一杯後ろを見返る。
 中村は微笑んで体を屈め由香奈のお腹に腕を回した。
「はは、もっとぎゅってして」
 なんだ、その笑い。由香奈は涙ぐんで目を閉じる。また顔を伏せる。着信音は止んでいた。

「由香奈ちゃん、ぎゅうってして」
 膝が崩れてほとんどうつ伏せになっている由香奈に覆いかぶさって中村は何度も言った。胸がつぶれ、背中に男の重みを感じて苦しい。由香奈はただ眼をつぶって終わるのを待った。



「あの、この服……」
「あげるよ」
 いらないけど。由香奈は頬を凍りつかせたまま手にした布地を見つめる。
「怒ってる?」
 尋ねられ、由香奈は目も上げずに頭を振る。怒るなんて、自分はしない。
「これあげるから怒らないで」

 クオカードを何枚か受け取って由香奈は部屋を出る。メイド服を手からぶら下げてとぼとぼエレベーターに乗る。
 五階に着き、急に沸き起こるものを感じて通路を走る。

「わわっ。ちょっと!」
 俯いていたからぶつかるまで気づかなかった。
「なになに、どうしたの」
 頭ひとつ分低い由香奈の肩を抱きとめて、彼女は耳からイヤホンを抜いた。

「あ、ごめんなさい……」
 慌てて謝る由香奈の手から、ワンピースが滑り落ちる。彼女が屈んでそれを拾った。
「え、なに? メイド服?」
「捨てようと思って」
 返事になっているようななっていないような言葉が自分の口から零れ、そんなことを考えていたのかと由香奈は他人事のように思った。

「ええ? せっかくカワイイのに」
 メイド服を広げて眺め、あっけらかんと彼女は笑う。
「ヤなことあったかもだけど、服に罪はないでしょ?」
 軽く畳んで由香奈の手に戻す。イヤホンを戻し、手を振ってエレベーターホールへ行ってしまった。

「……」
 残された由香奈は、通路に佇み宵闇の風に吹かれて彼女の言葉を反芻する。ツミハナイって? どういうこと? そんなふうには割り切れない。
 由香奈は項垂れ、静かに自分の部屋へと戻った。