「ちぇー、怒るなよ……」
 ぼやく声の後、扉が閉まる音。ひょこっと顔を出して窺うと、通路には誰の姿もなかった。反対に、下方からさっきと同じ歩調の靴音が聞こえてくる。
 外階段の手すりから見下ろすと、薄闇の中の眼下の街路を、髪の長い女性が足早に駅の方へ向かって行くのが見えた。
(彼女さん……?)

 どう見ても痴話喧嘩な風だった。その直後に訪ねるのは気が引ける。でも手紙を早く返したいしポストに入れておくのも憚られる。
 由香奈はそろそろ通路を戻って中村の部屋のインターホンを鳴らした。部屋にいるのはわかっていたから、すぐに扉は開くものだと思ったのに反応がない。
 しばらく待って、もう一度インターホンを鳴らすかどうか迷う。そこでようやくがちゃがちゃ音がして扉が開いた。

「由香奈ちゃん?」
「あの、これ……」
 封筒を差し出した手を掴まれて引かれる。
「え、や……」
「すぐ帰ることないだろ」
 由香奈の体を手前に押しやって中村は玄関扉を閉めた。封筒を受け取りもしないで、リビングへと行ってしまう。
 由香奈は少し躊躇したあと、サンダルを脱いで後を追った。

 薄暮の暗がりの中で、パソコンデスク上のライトにだけ灯りが点いている。その明かりで宛名がよく見えるようにしながら由香奈は封筒を差し出す。デスクチェアに座った中村は受け取ったそれをキーボードの上に投げ出した。

「あの……」
 由香奈は思わず声をあげてしまう。
「それ、まだ読んでないですよね」
「うん。こんなの入ってたの気づかなかったし。荷物の中にあったんでしょ」
「すぐ、読んだ方が……」

 聞こえているのかいないのか、中村は立ち上がってドアが開けっぱなしになっていた寝室の中へと行ってしまう。
「私、」
 帰ります、と言いかけたところでぱちりと寝室のシーリングライトが点く。眩しく感じて由香奈は目を細める。
 そんな由香奈に向かって中村が白と黒の布地を突き出す。
「読むよ。由香奈ちゃんがこれ着るなら」
「……」
 由香奈はおずおずとそれを広げてみる。メイド服だった。スカートが短くてネックラインはオフショルダーに近い。やっぱり短いフリルの腰下エプロンがやけにいやらしく見えてしまう。

「着替えて来て。その間に手紙読むから」
 いい笑顔で中村は由香奈を寝室に押しやりドアを閉めようとする。
「あ、もちろんノーブラノーパンね」
 更にいい笑顔。由香奈が首を振る間もなくドアは閉まった。