人間には、感情がある。嬉しい、怒り、悲しい、楽しい、所謂、『喜怒哀楽』というものだ。

皆、大なり小なり、占める割合は個体差があるだろうが、『喜怒哀楽』は皆が等しく持っているモノの一つではないだろうか。

ーーーーでも、私にはないモノが一つだけある。

「 花音(かのん)、お待たせ」

明るめの栗色の髪を、さらりも靡かせた矢野美咲(やのみさき)が、カフェのテーブルに座る、私の目の前に立った。

「ううん、さっき来たとこ」

私は、テーブルに、花柄のハンカチを置いてから、美咲と一緒に注文カウンターに並ぶ。

「アイスラテのトールで、あとチーズケーキ」
美咲の声は、少し鼻にかかっていて可愛い。

「お次の、お客様、ご注文をどうぞ」

前髪が、少し長めの茶髪の店員が、今度は、私をじっと見る。名札には、『古谷(ふるや)』と記載されている。

男の人が、向ける、自分の容姿への視線にももう慣れた。 

「アイス抹茶ラテのトールと、マフィンをお願いします」

先に会計を終えた美咲は、私がハンカチを置いたテーブルへと向かっていく。

やたら、遅い会計に、再び店員を見れば、
「綺麗ですね、今度会えませんか?」

差し出された、ナプキンに、『古谷 電話番号080-○○○△-△○○○』とかいてある。よく見れば、端正な顔だちをした古谷は、切長の瞳を、ニコリと細めた。そして、お釣りと一緒にナプキンを私に渡した。

「また?声かけられたの?」

席に座ると同時に、美咲が、面白くなさそうにアイスラテを、形の良い唇で吸い上げている。

「うん……」

「美人は得よねー、おまけに、花音は、性格に、『無駄』が、なさすぎんのよ、面白くなーい」

冗談なのか本気なのか、わからない口調で美咲が、チーズケーキを、頬張った。

「無駄……ないかな?」

美咲は、口をあんぐりと開けて、奥二重の瞳をきゅっと目を細めた。