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灼熱の太陽がこれでもかと降り注ぐとある日の午後。俺と八神さんは彼らの待ち合わせ場所である駅前公園の噴水……付近のベンチにぐったりと座っていた。
少し先にある噴水の前には、それなりにお洒落した姉と遠目でも目立つ金髪ヤンキーな真田さんが相手の到着を今か今かと待っている。
今日はワークショップオフ会の当日だ。
真田さんとはうちの喫茶店で何回か打ち合わせしたし、その間に姉とも結構仲良くなってたし、事前準備は万端だ。それに、ハンドメイドが好きな男の友人を連れて行くとツカサさんに伝えたところ、その作家に会えるのも楽しみだと返事が来たらしいので、もしかしたら真田さんも本当の事を打ち明けられるかもしれない。
「暑い……」
戦いに破れて灰になりかけたボクサーのようにがっくりと項垂れた八神さんが呟く。俺だって出来ることならエアコンの効いた涼しい部屋で夏の全国高校野球大会をテレビ観戦してたかった。そんな文句を飲み込んで、俺は八神さんにお馴染みのマグボトルを手渡す。
「もうすぐ時間ですからもう少し頑張りましょう。ほら、水分補給して」
受け取ると、八神さんは氷と共に入れてきたお茶をごくごくと飲んだ。日陰を選んで座っているとはいえ、地面から来る熱気に息が詰まりそうだ。
「ケンティーくん……あれ」
今にも消えてしまいそうなか細い声を出して指を差す。八神さんの細長い指の先には、黒の半袖ジャケットにダークグレーのテーパードパンツを着こなした背の高い男性と、ストライプの入った爽やかな水色のワンピースがよく似合う可愛らしい女性。その二人組が噴水に向かってきょろきょろしながら歩いている。
目印の金髪を見つけた二人は、姉と真田さんの元に駆け寄った。……おお。どうやらあのお洒落男子がツカサさんのようだ。
真田さんは〝俺のイメージでは、ツカサさんは可愛いものが似合う系の人なんじゃないかなって思うんスよね。ほら、アイドルにもいるじゃないですか、ハートとかうさぎとか似合うあざとい系男子。大人っぽいデザインなのは本当はこうでありたいっていう理想なんじゃないかなぁって睨んでるんスよね〟なんて長々と語っていたが、ツカサさん普通にスタイリッシュなイケメンじゃねーか。
無事合流したのを見届けると、灰になって今にも吹き飛ばされそうな八神さんを連れて南町ガーデン・ビルへと向かった。歩いて五分の場所で助かった。これ以上動いたら二人とも焼け死ぬ。
受付を済ませ、一足先に会場の中に入った。室内は冷房がよく効いていて外に比べるとかなり涼しい。ああ、ここが天国か。
会場の中にはもうすでに何人かが集まっていた。夏休みの宿題消化で来たのであろう親子連れ、仲の良い老夫婦、女子の友達同士で来た中学生。ワークショップには幅広い年齢の方々が参加するみたいだ。
くっつけられた作業用の机が三つのブロックに分かれているので、俺たちは空いていた左側の席に座る。
「あー……ありますよね」
「そうなんですよ。俺も分からなくて」
ぎこちない会話が聞こえて入口に目をやると、そこには案の定オフ会四人組の姿があった。まだ会って数分じゃあ、打ち解けられなくて当たり前だ。
先頭で入ってきた姉ちゃんと目が合うと、何故かギロリと睨まれた。その後ろには不安そうな表情の真田さん、ツカサさんと妹さんが続く。姉は迷う事なく俺たちの座っているブロックに近付くと、「ここ空いてますか?」としらじらしく質問をし、返事をする前に俺の隣に座った。
「すみません、失礼します」
言いながら、真田さんたちは向かい側の三つの席に座る。ぺこりと礼をした妹さんのスカートがふわりと揺れた。……ああ、なるほど。昨日俺が動きやすい服にしろって言ってこの服にしたけど、スカートでも良かったじゃないかっていう無言の訴えか。それなら最初から俺に意見を求めるなよ。やはり女心は分からない。
「お集まりの皆さん初めまして。講師の阿部です。今日はお忙しい中参加して頂きありがとうございます」
エプロンを付けた優しそうな女性が挨拶をし、今日の予定とスノードームについて説明を始める。
スノードームとは、簡単に言うと観賞用のインテリア雑貨のことだ。作り方は簡単で、丸い瓶やドーム型の瓶に可愛いミニチュアフィギュア、ラメパウダーやビーズ等を入れ、グリセリン、水、液体のりと言った透明な液体を注いで接着剤で蓋をする。なんと、百均の材料でも出来てしまうという優れ物だ。
瓶を動かすと液体の中のパウダーがゆっくりと動き、キラキラした雪のように見えることから日本ではスノードームと呼ばれお土産に人気の商品だ。
一説には、十九世紀前半にペーパーウェイト、つまり文鎮として使われたのが始まりだと言われている。その後、一八八九年に行われたパリ万博でエッフェル塔をモチーフにしたスノードームを販売したところ話題になり、世界中に広まったという。
以上、阿部さんの講義で知った情報だ。
「今回、皆さんには『夏』というテーマで作って頂こうと思います。分からないことがあったらどんどん聞いてくださいねー!」
各自の席にはプラスチック製の透明な球と台座が一つずつ用意されている。組み立てると占い師がよく使う水晶玉のような形になるのだろう。ブロックごとの机には精製水、グリセリンと書かれた液体ボトルと接着剤、ビーズやパウダー、ホログラム、ドライフラワー、人や動物、建物のフィギュアが所狭しと並んでいた。
この中から好きなものを選び、自分だけのオリジナルスノードームを作るらしい。